ブルックリン(2015年/アイルランド・カナダ・イギリス合作)
原題:Brooklyn
公開日:(英)2015年11月6日 (日)2016年7月1日
配給:20世紀フォックス映画
時間:112分
監督:ジョン・クローリー
原作:コルム・トビーン
脚本:ニック・ホーンビィ
出演:シアーシャ・ローナン(エイリシュ・レイシー)
ジュリー・ウォルターズ(キーオ夫人)
ドーナル・グリーソン(ジム・ファレル)
エモリー・コーエン(トニー・フィオレロ)
ジム・ブロードベント(フラッド神父)
フィオナ・グラスコット(ローズ・レイシー)
ジェーン・ブレナン(メアリー・レイシー)
アイリーン・オイヒギンス(ナンシー)
ブリッド・ブレナン(ケリー)
エミリー・ベット・リッカーズ(パティ)
イブ・マックリン(ダイアナ) ほか
製作:フィノラ・ドワイヤー、アマンダ・ポージー
製作総指揮:クリスティーン・ランガン
ベス・パティンソン
トーステン・シュマッカー
ジギー・カマサ
フセイン・アマーシ
アラン・モロニー
撮影:イブ・ベランジェ
美術:フランソワ・セグワン
衣装:オディール・ディックス=ミロー
編集:ジェイク・ロバーツ
音楽:マイケル・ブルック
鑑賞日:2016年7月21日
場所:シネマイクスピアリ シアター1 C11
■ ストーリー
アイルランドの小さな町に暮らすエイリシュ・レイシー(シアーシャ・ローナン)─
姉ローズ・レイシー(フィオナ・グラスコット)と母親メアリー・レイシー(ジェーン・ブレナン)との3人で静かな生活を送っていた。
エイリシュはミス・ケリーの店で働いていた。店主のミス・ケリーは偏見が激しく、エイリシュは常にミス・ケリーから小言や嫌みを浴びせられていた。
エイリシュの姉ローズは会計士で、自らの地位や場所を確立しつつある。小さな町の中で抑え込まれ、出口も将来の希望も見いだせないでいた妹を不憫に思っていたローズは、エイリシュにチャンスを与えようと大都市アメリカ・ニューヨークへ送り出すよう手配する。
希望と不安を胸にニューヨークへと旅立つエイリシュ─待っていたのは孤独と郷愁…。周りと溶け込んでいくことで徐々に孤独は解消されていくが、ホームシックだけは強まる一方だった。そんな彼女を見かねたフラッド神父(ジム・ブロードベント)─彼はアイルランド系移民の手助けをしていた─神父のすすめと援助で、働きながらブルックリン大学へ通い出したエイリシュは、姉と同じ会計士になるという新たな目標を持つことで、次第に気持ちも晴れていく。
そして、彼女の前にイタリア系移民のトニー・フィオレロ(エモリー・コーエン)が現れ、彼と恋に落ち、心が開放され、新天地に自らを確立していく。
すべてが順調に流れ出したとき、エイリシュのもとに故郷から悲報がもたらされる。
再び強い郷愁に駆られたエイリシュは、一度だけアイルランドへ戻ることを決意する。必ず戻ることをトニーと固く誓い、エイリシュはブルックリンをあとにする。
故郷に戻ったエイリシュは、懐かしさとともに心の安らぎと居心地の良さを噛み締める。旧友との出会いで新たな男性の存在も気になり出す。生まれ育ったこの地で身を固め、再び共に暮らしていくことを周りから求められていると強く感じるようになったエイリシュ─、果たして彼女はどこへ行くのか─。
第88回アカデミー賞、作品賞/脚本賞/主演女優賞ノミネート
ゴールデン・グローブ賞(ドラマ部門)主演女優賞ノミネート
▶ 映画館環境
シネマイクスピアリのシアター1は座席数120、スクリーンサイズ不明。
前方のブロックと後方ブロックとに分かれている構成。C列は後方ブロック最前列。C11席はスクリーン向かって右端。C列であればどこでもいい。
平日の最終上映。20時以降は割引きになるので、それ狙い。非常に空いていた。
▶ 作品レビュー
古い時代を扱い、なおかつ郷愁というテーマを扱っているにもかかわらず、色彩豊かで美しい映像が印象的な作品。見た目の印象としては、背景の色彩と登場人物の衣装を含めた色彩とのコントラストがよく練られていたように思う。画面に現れる色味と展開されるストーリーが見事に絡み合い、あらゆる感情をつくり出しているように見えた。
真新しい映像ばかり続くのを音楽が補っていく。アイリッシュの響きで郷愁を誘い、その音の出し入れで見事にノスタルジーをコントロールしていく。それはあまりに分かりすぎるというか、単純な演出。しかし、音と映像がはまってしまうとどんなに単純であろうとも、不思議と自然に感情に訴えかけてくるし(─あくまで私見ではあるが)、狡猾さなどは微塵も感じない。ただ、その映像と音を融合させることこそ難しいことなのだけれども…。
アカデミー賞をはじめ、あらゆる映画賞で評価されているこの映画、どんな賞を取っているのか眺めていると、作品賞、主演女優賞、美術賞が中心であり、納得するところ。美しい色彩と美しい音色がシアーシャ・ローナンの繊細な演技と融合し、美しい結晶を創り上げている。
このキービジュアルこそが、まさに映画そのものを表しているように思う。ぱっと見、右端のクラシックカーがなければ、時代背景が現代なのか過去なのか曖昧なところがある。
公式HPなどには“ロマンティックでリアル、現代に通じる永遠のテーマに絶賛の声!”などと記されている。確かに“現代に通じる”ということを意識した作品だと感じる。ということで、安易ではあるが、現代の日本に置き換えて捉えてみると、地方から大都市へと向かう潮流、悲しみ、ノスタルジー…といったところだろうか。
新たな希望に向かっていく潮流を称えるのか、廃れてゆく小さな存在を憂うのか、どちらか一方だけを肯定することはなかなか難しい問題。
結論を言ってしまうと、この作品は廃れてゆく過去のしがらみを捨て去り、新たな希望に向かって歩んで行くという物語。だからのエンディングも美しく、いわゆるハッピーエンド。しかし、敢えてその裏を読むと、そこには残酷で冷たく辛い選択というものが潜んでいるわけで、エンディングに嫌悪感を持つ者もいることだろう。
とはいえ、この作品にはその残酷さや冷酷さといったものはそれほど感じないし、終始、汚れなく美しく物語が展開していき、気持ち良く幕を閉じる。きれい事でしかない一つの寓話に過ぎないかもしれないが、それは意図されたものだと思うし、それを楽しむことも映画観賞の一つの醍醐味だとも思える。“現代に繋がるテーマ”なるものが潜んでいるかもしれないけど、そんなことは意識せず、純粋に、過去のきれい事を楽しんで、現実での嫌な思いをリセットしたいものである。

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