ニュースの真相

ニュースの真相(2015年/オーストラリア・アメリカ合作)
原題:Truth
公開日:(米)2015年10月30日 (日)2016年8月5日
配給:(米)Sony Pictures Classics (日)Kino Films
時間:125分

監督:ジェームズ・バンダービルト
原作:メアリー・メイプス
脚本:ジェームズ・バンダービルト
製作:ブラッドリー・J・フィッシャー
   ウィリアム・シェラック
   ジェームズ・バンダービルト
   ブレット・ラトナー
   ダグ・マンコフ
   アンドリュー・スポールディング
製作総指揮:ミケル・ボンドセン
      ジェームズ・パッカー
      ニール・タバツニック
      スティーブン・シルバー
出演:ケイト・ブランシェット(メアリー・メイプル)
   ロバート・レッドフォード(ダン・ラザー)
   エリザベス・モス(ルーシー・スコット)
   トファー・グレイス(マイク・スミス)
   デニス・クエイド(ロジャー・チャールズ中佐)
   ステイシー・キーチ(ビル・バーケット中佐)
   ブルース・グリーンウッド ほか
撮影:マンディ・ウォーカー
美術:フィオナ・クロンビー
衣装:アマンダ・ニール
編集:リチャード・フランシス=ブルース
音楽:ブライアン・タイラー

鑑賞日:2016年8月5日
場所:TOHOシネマズシャンテ CHANTER-1 K-10


■ ストーリー
2004年9月9日、全米最大のネットワークCBSの看板番組「60minute」で大スクープが報じられる。それは、当時大統領でその年に行われる大統領選で再選を目指すジョージ・W・ブッシュの軍歴詐称というものだった。それは番組プロデューサーのメアリー・メイプス(ケイト・ブランシェット)と有名アンカーマンのダン・ラザー(ロバート・レッドフォード)が時間をかけて真偽を追及した情報だと思われた。しかし、あらゆるところから情報の真実味が疑われ始めた。証拠となる文章が本物だという確証がつかめず、世間から批判され続けるCBSはついに文章の真偽には疑問点があるとの放送をする。
世紀のスクープから一転、大誤報というものを招いてしまったメアリーとダンの立場は危うくなる。情報を追い求める立場から、逆に追い求められる立場となり、自社からも番組制作における追及が始まる。ジャーナリストらは自らの信念を曲げず闘い続けるが…

実際に起こった出来事をメアリー・メイプスの自伝をもとに映画化


▶ 映画館環境
TOHOシネマズシャンテのCHANTER-1は収容人数225でスクリーンサイズ3.5×8.2m、中規模の劇場。座席配置の傾斜がかなり大きいため、列の前後で見た目の差が激しい。また、それ故に、どの列に座ってもスクリーンをしっかりと見ることができる。
最前列はかなり見上げ。最後方もかなり画面が小さく感じる。
今回の座席K-10は後方から3列目の中央部。中央に通路があるため、ちょうど通路側の席となった。少々離れすぎか。やはりEFG列の中央通路側が最高の位置。
週末午後の上映、ケイト・ブランシェットとロバート・レッドフォードのネイムバリューと相俟って、かなりの観客。20代30代が中心のような気がした。隣に座っていた若い男性は、前半かなり寝ていた。

▶ 作品レビュー
ブルー・ジャスミン」以来、すっかりケイト・ブランシェットに魅了されてしまっている自分は、半分は彼女目的で見にいった作品。あとの3割がロバート・レッドフォードで2割が世紀の誤報が目的。
全体的な印象として、ケイト・ブランシェットとロバート・レッドフォードの演技は素晴らしいもので、非常に感動的。正直、出だしの2人、メアリー・メイプス(ケイト・ブランシェット)とダン・ラザー(ロバート・レッドフォード)にはあまり良い印象を持つことができず、むしろ嫌悪感しか持てなかったのだが、ジャーナリズムの難しさに苦悩する姿に徐々に惹かれ、最後には不覚にも泣かされてしまった。
映画で泣くことはよくあることで、泣くこと自体は別に“不覚”でもなんでもないのだが、この映画に関しては、“不覚にも泣かされてしまった”と敢えて書きたい。
というのも、描かれている事柄はどう見てもジャーナリストの勇み足であり、スクープ合戦の帰結で起こってしまった世紀の大誤報としか捉えることができない。悪く言ってしまうと、ジャーナリストとして起こしてしまった過ちを、半ば美化してみせられているようなものなのだ。
ジョージ・W・ブッシュ元大統領への評価はそれほど高いわけではないし、個人的な印象もあまりよくない。その漠然とした負の印象を巧妙に利用して、本当はブッシュは悪者という前提で話が展開している印象。本当は、証拠の立証ができないメアリー側が悪いはずなのだが…それでもなお、ブッシュの軍歴に詐称があるのでは?と思ってしまう自分がいるわけで、何故にそこまでG・W・ブッシュの私的な印象が悪いのか─、やはりそれはあらゆるメディアの影響だと言わざるを得ない。あの映画から始まり、テレビで、そしてインターネットで…。ブッシュを疑うというのであれば、もしかしたらブッシュを追及したジャーナリズムも平等に疑う必要があるのかもしれない。
そもそも、この原作はメアリー・メイプスの自伝がもとになっているわけで、明らかに偏見的な描き方がなされている。ただでさえ難しいジャーナリズムの在り方が内在しているのに、そこに一方的な私的要素が加えられるとますます焦点が絞りづらくなり、一体この映画で何を言いたいのか分からなくなってしまった。
特に言いたいことはない、とは思えないこの映画。色々、無理矢理、テーマみたいなものを抽出してみると─…権力の横暴、不屈のジャーナリズム、ジャーナリズムの黄昏…というものが浮かぶが、いずれも弱過ぎる。
個人的に印象に残ったのは(以降ネタバレが続く─)、ダン・ラザーの退場、何ものにも屈しないメアリー・メイプス、マスメディア報道における難しさ、という事柄だろうか。
あくまで主役級の人々を肯定的に捉えながら展開していき、彼らの敗北に涙する。そして、エンディングにおいて、メアリー・メイプスはテレビ報道には関わっていないという趣旨の字幕と、ダン・ラザーはCBSを訴えたものの退けられる旨の字幕が流され、さぞかし無念であろうという同情なども覚えてしまう。
しかし、一歩引いて考えてみよう。軍歴詐称の真偽は明らかになっておらず、番組制作陣の退場も、メアリーの境遇も、ダンの判例も致し方ない。あと2ヵ月足らずで大統領選挙が控えていたわけであり、やはり、慎重さを欠いたことは否めない。
確かにつかんだネタは大きく魅力的であり、どうしても先んじて報道したくなる気持ちも分からないでもない。そうは言っても、やはりプロのジャーナリストとしてあるまじき行為だったのではないか。いくらそれが衝撃的だとしても、それが真実として認められないのであれば、その価値か皆無であり、むしろ害悪にも成り得てしまう。
このように作品の中で描かれている事実に関していうと、あくまでジャーナリズムの汚点なのだが、この映画はあくまで(事実をもとにした)フィクションであり、しかも私的な自伝が由来の物語であるわけだから、素直に大物俳優や大女優の演技に涙すればいいわけだ。
つまり、この映画はジャーナリズムとかマスメディアというものを題材にしながら、中身は、大きな過ちを犯してしまったジャーナリストの悲しき人間模様といったところだろうか。バックグラウンドは事実だとしても、この作品はあくまで個人がつくり上げた物語でしかない。重厚なバックグランドの上で、何か薄い物語があっさりと流れていくだけだった。

0 件のコメント:

コメントを投稿