ガルム・ウォーズ

題名:ガルム・ウォーズ(2014年/日本・カナダ合作)
原題:Garm Wars: The Last Druid
公開日:2016年5月20日
配給:東宝映像事業部
時間:92分

監督:押井守
原作:押井守
脚本:ジェフリー・ガン、押井守
出演:メラニー・サンピエール(カラ)
ランス・ヘンリクセン(ウィド)
ケビン・デュランド(スケリグ)
サマー・ハウエル(ナシャン)ほか
音楽:川井憲次
音響:トム・マイヤー
監督補:佐藤敦紀
衣装:竹田団吾
協力:スタジオジブリ
制作:Production I.G
日本語版プロデューサー:鈴木敏夫
日本語版演出:打越領一
日本語翻訳:原口真由美
宣伝コピー:虚淵玄

鑑賞日:2016年5月31日
場所:TOHOシネマズららぽーと船橋 スクリーン10 I-15


■ INTRODUCTION(公式HP引用)
押井守×鈴木敏夫×Production I.G
構想15年、製作費20億円、押井守監督最新作!
押井守の新作がアメリカ大陸からやってくる──!

道徳の世界観と映像美で世界を魅了し続ける鬼才・押井守監督最新作
全米ビルボード1位(ホームビデオ部門)を獲得した1995年発表「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」が、ジェームズ・キャメロン、クエンティン・タランティーノ、ウォシャウスキー姉妹をはじめ、数多くの世界的クリエイターの影響を与えた、日本アニメーション界の鬼才・押井守。2004年発表「イノセンス」ではアニメ作品で初めてカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、続く2008年発表「スカイ・クロラ The Sky Crawler」もベネツィア国際映画祭のコンペティション部門出品作品となりました。そして2014年にはモントリオールファンタジア国際映画祭から生涯功労賞が授与されるなど、押井の動向は常に世界中から注目されています。監督デビューから30余年。世界中から新作が待ち望まれる監督・押井守の最新作が、逆に日本で公開されます。
国家とは、人類とは、そして戦うこととは──押井守が描く現代叙事詩
本作は、SFファンタージ作品の意匠をまといながら、現代社会の抱える数々の問題を照射する同時代生を孕んでいます。閉塞した社会…少子化…戦争への恐怖…マイナンバー…そして、それでも求めなくてならない「希望」。本作では日本に住む私たちが今まさに直面している絶望と希望を真正面から見据えるよう、観る物に問いかけます。
「我々は何処から来て何処へ行くのか?」
オール北米ロケ、日本人は監督含め7人!
出演、『エイリアン2』ビショップ役で強烈な印象を残した名優ランス・ヘンリクセン、『ロビン・フッド』『リアル・スティール』で切れのあるアクションを披露し、海外ドラマ「LOST」シリーズで日本での人気を定着させたケヴィン・デュランド、そして主人公には、美しき新人メラニー・サンピエール。押井監督のファンであった彼女は金髪のロングヘアーから押井作品には欠かせない黒髪おかっぱ頭に変え並々ならぬ熱意で臨み、押井の世界観を見事体現してみせました。
実写でもない、アニメーションでもない、押井守だからこそ到達し得た究極の臨界点世界。それが『ガルム・ウォーズ』です。


■ STORY(公式HP引用)
遙かなる古代、戦いの星・アンヌン。
ここは「ガルム」と呼ばれるクローン戦士が生息し、果てしない戦いを繰り広げていた。かつてガルムには8つの部族があり、それぞれ役割に応じて創造主・ダナンに仕えていた。あるときダナンが星を去り、その後の覇権をめぐって部族の間に戦いが生じたのである。長きに亘る争いの末に5部族が絶滅し、残るは空を制する「コルンバ」、陸を制する「ブリガ」、そして情報技術に長けた「クムタク」の3部族だけとなった。
この星に生息するのはガルムの地に、彼らから神聖視される犬・グラと、鳥──。ガルムは生殖能力を持つグラや鳥と違い、クローン技術により生命をつないできた。たとえ命を落としても、その個体の記憶をクローンの脳に転写することで再生を繰り返し、幾世代も生き延びてきたのだ。
空の部族・コルンバの女性飛行士「カラ」は、陸の部族・ブリガとの戦闘の最中、クムタクの老人「ウィド」、ブリガの兵士「スケリグ」と出会う。ウィドが投げかける不可思議な問によって、敵同士である彼らの間に奇妙な連帯が生じる。
創造主にして神であるダナンがなぜこの星を去ったのか?我々ガルムとは一体何なのか?我々は何処から来て何処へ行くのか?
カラとスケリグは次第に惹かれ合う。2人はそれまで脳内に生じたことのない感情に戸惑いながらも突き動かされる。その情動はガルムにおける愛の芽生えであり、またそれは彼らが重大な変化の渦に巻き込まれつつある事を暗示していた。
ウィドは、絶滅したはずの部族・ドルイドの最後の生き残りである「ナシャン」を連れていた。ドルイドとは、かつて創造主・ダナンの声を伝えたとされる部族である。ナシャンに導かれ、カラ・ウィド・スケリグの3人はグラとともに、海の向こうの遙か彼方にある伝説の聖なる森「ドゥアル・グルンド」を目指す旅に出る。自らのルーツを探り、「ガルムの真実」を知るために……。しかし、それは彼らの神の怒りに触れる行為だった
聖地に待ち受けるのは希望か、絶望か──。


▶ 映画館環境
TOHOシネマズららぽーと船橋スクリーン10は座席数130、スクリーンサイズ4.1×9.8mと比較的小規模な劇場。選択した席はI-15、最後列やや向かってやや右寄り位置。座席に対してスクリーンサイズは大きく感じるので、スクリーンに近い場所を避けるべきかもしれない。最後列でも、その迫力は失われることはなかった。
客数、極少、全男、年齢高目。


▶ 作品レビュー
映画そのものも楽しめたが、HPの解説やビジュアルなどを読むとさらに興味が沸く。設定やデザイン、世界観など、表層的な面においてはほぼ完璧だと感じる。
ただ、ポスターなどで使用されているカラの横画をメインにしたキービジュアルだけは納得しかねる。中途半端に内容を隠しているとしか思えない。もっとあからさまに、巨神兵的なものがたくさん出ますよ!的なプロモーションの方が、潔いと思ってしまうのは、擦れた見方だろうか…。
ただ、言えるのは、この映画における世界観は全て過去の遺物の寄せ集めだと断言できる。極端な話、設定からキャラクターまで、オリジナリティーは皆無といえる。その事実を変に隠そうとすると、むしろ作品の駄目さ加減が強調されてしまうように思う。
ジブリもハリウッドも押井も全て詰め込みましたよーという触れ込みや宣伝であれば、むしろ興味をそそるというものだ。

作品の質は非常に高くて、面白いと思う。しかし、その評価は酷いもの。この低評価は、やはり、オリジナリティーの無さと粗いストーリー展開にあるのだろう。設定がよく練られている割に、唐突な展開が目につく。
そうは言っても、ストーリーなど半ばやり過ごして、ビジュアルを楽しむ映画として捉えて観賞すれば、悪くないはずで、そうすべき映画であることは間違いない。
そもそも、冒頭に説明される設定など全て頭に入るわけでもないし、それを詳細に覚えたところで作品の観賞に影響するところは少ないだろう。むしろ、観賞後に詳細をじわじわと知っていくという楽しみをひとつ与えてくれているだけのこと。
個人的には、押井守というアーティストはゼロから何かを生み出すという印象はあまりなく、既存の作品をより洗練させて、ひとつのワールドを創り上げる作家だという印象。だから、この作品も、似たような筋の漫画や小説を見つけ出して押井ワールドを構築していたのであれば、もしかしたら評価が180度違ったものだったように思ってしまう。まぁ、オリジナリティーを感じなかったわけだから、そういう見方は致し方ないだろう。

それにしても、イントロダクションを見ると、構想15年とか、鈴木敏夫の名前を出したり、オール北米ロケとか日本人は7人だけとか、少子化とかマイナンバーとか…無駄に恥ずかしい情報が多すぎて笑ってしまう。あくまでもシリアスにそれらを宣伝として用いているのか、ある意味狙いであるのか判断しかねるところがあるが、作品の内容と照らし合わせて考えると、やはり無意味な情報だと思ってしまう。まぁ観賞する側としては別の意味で楽しむ要素として爆笑するだけなのだが、押井守の作品として世界に発信するのであれば、どうかこのような辱めはやめてほしいと思ってしまう。
長年かけてやっと創り上げたよー、とか押井監督は言わないだろうし、全部北米で創れば格好いいかも、なんてことも思っていないだろう。さらには、少子化とかマイナンバーの問題を意識してこのような異世界SFを創り上げているわけがない。
笑ってしまうイントロダクションを先に見てしまうと、作品そのものを見る気も失せてしまう。逆に、作品を見た後でイントロダクションを見ると笑えるのだが、それは決して製作サイドが意図しているものではないはずだ。
要するに、淡々と筋とかキャラクターについて情報を与えてほしいわけで、無駄な美辞麗句など全てを汚すだけのものでしかない。

正直、作品についての情報が少なすぎるように思う。設定はある程度述べられているものの、キャラクターの詳細や兵器などについての言及もあまりないし、過去から未来の展開など漠然とし過ぎていて想像の余地すら与えてくれていない。
全く新しい世界を創造しようとしているのであれば、キャラクターの詳細、身に着けている物の名前や用途、武器や兵器の名前や特徴、そして創造されている世界の歴史など、深く作品に入り込んでいけるような要素を欲するところなのだが、そんな気はさらさらないらしい。まぁ、あくまで映画だけを見た印象ではあるけれど…。

作品を見終えた段階で、この話はまだまだ続きそうな気がしたのだが、この作品を宣伝する輩はそんな気は毛頭ないように思えてしまう。押井は続ける気でいるけれども、東宝などはそんな気ないといったところ。
個人的には押井が好き勝手に創った続編やこの世界観での物語をもっと欲するわけだが、恐らく次は無いなと思うのが正直なところ。この世界観がここで終わっても、他の映画が補ってくれると思ってしまうわけで、それがこの作品の致命的なところだと思う。

アニメのナウシカが一本だけしか作られていない悪影響が間違いなくここにある、と思ってしまうのは、飛躍しすぎで、個人的な妄想でしかないのだろうか…

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