亜人 衝突

亜人 衝突(2016年・日本)
公開日:2016年5月6日
配給:東宝映像事業部
時間:106分

総監督:瀬下寛之
監督:安藤裕章
原作:桜井画門
声:宮野真守(永井圭)
  細谷佳正(海斗)
  福山潤(中野攻)
  大塚芳忠(佐藤)
  平川大輔(田中功次)
  櫻井孝宏(戸崎優)
  小松未可子(下村泉)
  木下浩之(オグラ・イクヤ)
  洲崎綾(永井慧理子)
  鈴村健一(曽我部)
  森川智之(アルメイダ)
  坂本真綾(マイヤーズ)
  斉藤壮馬(琴吹武)
  梶裕貴(中村慎也) ほか
シリーズ構成:瀬古浩司
プロダクションデザイナー:田中直哉、フェルディナンド・パトゥリ
キャラクターデザイナー:森山佑樹
造形監督:片塰満則
美術監督:滝口比呂志、松本吉勝
色彩設計:野地弘納
演出:りょーちも、鹿住朗生、井手恵介、岩田健志
CGスーパーバイザー:岩田健志、菅井進、上本雅之、溝口結城
編集:肥田文、渡邊潤
音響監督:岩浪美和
音楽:菅野祐悟
主題歌:LAMP IN TERREN
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ

鑑賞日:2016年5月7日
場所:TOHOシネマズ日本橋 スクリーン2 C10


■ ストーリー
不死の新人類、亜人─
彼らは蔑まれ、人間扱いされず、確保され、人体実験をされ、そして軍事利用されようとしていた。
偏見に満ちた世の中を、自らも亜人である佐藤が、変えようと、いや破壊しようと、全国に潜み暮らす亜人たちを集めようと画策する。亜人の能力を結集して、社会を転覆させ、自分たちがそれを支配しようと目論んでいた。
偏見を払拭しようとする佐藤の考えに賛同し、多くの亜人が終結する。しかし、その目的が社会の崩壊という事実を知ると、それに反発する亜人も出てくる。佐藤は自分たちの同志以外、何者も排除しようとする。
佐藤の囲い込みにいち早く逃げ出していた、亜人・永井圭は、その容姿をあまりにも世間に知られていたために、海沿いの山村で身を隠していた。永井圭の正体を知って知らぬふりをしている見知らぬおばあちゃんの優しさに守られながら─。
その永井圭のもとに、同じく佐藤の魔の手から逃れてきた中野攻が姿を現す。中野は永井に、共に佐藤の暴走を止めようとけしかける。しかし、永井はそれを断固拒否し、執拗に迫る中野を逃げ出せないように監禁する。
その頃、佐藤はテロ計画を着々と進めていく。そして、ついにそれを実行に移す。大規模がテロが実行され、それがテレビやインターネットで広く流されていく。その光景を永井も中野も目にしている中、亜人・永井圭を追う日本政府は彼の居場所をつきとめ追い詰める。窮地に陥る永井は、中野を利用しつつ、2人で共に佐藤のもとへ向かうことを決意する、その暴走を止めようと─。


▶ 映画館環境
TOHOシネマズ日本橋スクリーン2は座席数112で、スクリーンサイズが9.1×3.8m。前方2列、後方7列の構成。後方最前列には手すりなどの柵がなく、スペースでいうと魅力的。C列は後方列の最前列で、若干近すぎて見上げになってしまう。ただ、これぐらいのスクリーンサイズであれば、それほどつらさは感じない。むしろ、非常に迫力を感じるベストな席。
夜の最終上映。それほど混雑せず。野郎ばかり。


▶ 作品レビュー
3Dアニメを2Dアニメーションのように見せることをセルルックアニメーションとか言うらしい。考え方は別に新しくもなく、かなり昔からそういう試みは成されていたはず。ただ技術的に拙いものばかりで、長編アニメーションなどになると、とても観賞に堪えられるレベルには至っていなかったと理解する。
それがゲームやボーカロイドなどの影響なのか、着実に進化を遂げて、大画面の劇場映画においても成立し得るようなレベルになってきたということなのだろう。
テレビのアニメなどでも、セルルックアニメはもはや当たり前のように作られているように思うし、違和感なく楽しめている。ただ、その描写が人物にまで及ぶと、まだまだ違和感を感じてしまうというのが現状だ、個人的な見方ではあるけれど─。
この映画においても、セルルックアニメの効果的な面と途上的な面の表裏を感じる。
まずは亜人がつくり出す“黒い幽霊”の表現においては非常にリアルな動きやアニメーションを構築できているように思う。それは現実には存在しないものであり、普段自分たちが目にしないもの、それを想像豊かにつくりだしているわけで、その創造力に魅せられる。
一方、登場人物の表現はどうか─、リアルに劇画的な表現の人物においては、あまりにも違和感極まりない。それは、普段自分たちがよく目にする行動を再現している部分が多いわけで、それゆえ非常にぎこちなく感じてしまう。つまり、現実世界の表現においてはまだまだセルルックアニメでは表現しきれない面が多いということだろうか。
しかし、建物や乗り物、武器などの人工物においては非常にリアルに表現し切れていると感じるし、草木などの自然物においてもリアルに捉えていたように思う(背景などには2D表現も多用しているだろうけれど─)。そう考えると、あとは人物表現さえ完璧であればセルルックアニメーションなる表現は完成するように思うのだが、まぁ何十年かかっても人間をリアルに再現しきれていないというのが現実であり、そこが最も難しいことなのだろう。
映画を観賞するときに技術的なところばかりに目がいくと、なかなか楽しめないとは思うのだが、このアニメに関しては不思議とその例に当てはまらないような気がしている。ストーリーや展開よりも、むしろ表面的なもの、創り出されるキャラクターやその動き自体を見て楽しんでいるところがある。黒い幽霊の動きに魅せられているのは当然として、その拙いと思っている人物表現でさえも凝視しているように感じる。それというのも、ぎこちないと感じるその動きや描写にもこれからの可能性を感じてしまうわけで、とかく空間などの表現においてはかなりのリアルさを体感できるわけで、そういった面でも、見た目だけで楽しむことができる作品ではないかと思う。
3部作として始まったこのアニメーション、前回初めてこの話と設定を知るに至り、偏見に満ちた表現と人体実験的な描写などにあまり好感を持つことができなかったのだが、表面的な描写において非常に優れていたと感じたわけで、話の結末はともかく、最後までこの作品を観賞することになるだろうと確信した。
そして今回の2作目を観賞し、前回よりも内容や話に面白味を感じて、より一層この作品に対する興味を持ったように思う。完結となる3作目も非常に楽しみ。ただ、その展開や結末においてはそれほど興味を持っているわけでもなく、むしろ、いかに目で楽しませてくれるか、それに重きを置いて期待しているといったところ。
ようやくセルルックアニメなるものが増えつつあるとはいえ、3Dアニメや2Dアニメに比べるとまだまだ希少であるし、その表現自体に対しても懐疑的になってしまうところも否めない。果たしてセルルックなるものが次なるアニメの主流になり得るのかどうか─、それがアニメや映画においてどのように影響していくのか─、この作品以降のアニメーションにますます目が離せない。

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