バンクシー・ダズ・ニューヨーク

バンクシー・ダズ・ニューヨーク(2014年・アメリカ)
原題:Banksy Does New York
公開日:(米)2014年11月10日(Hamptons International Film Festival) (日)2016年3月26日
配給:(米)Home Box Office (HBO) (日)アップリンク、パルコ
時間:81分

監督:クリス・モーカーベル

鑑賞日:2016年4月26日
場所:アップリンク スクリーン1 全席自由


■ ストーリー
2013年、ニューヨークにあるグラフィティ(壁などに描かれる作品)の聖地とも言われるファイブ・ポインツが再開発計画のために取り壊されると報じられる。するとあらゆる方面で反対運動が起こり、それに呼応するかたちで、謎のアーティストとして知られていたバンクシーがイギリスからアメリカ・ニューヨークへと渡り、2013年10月の1ヵ月間、ニューヨークのどこかに作品をつくり出し、それを公式サイトにアップすると宣言した。どこにつくり出すか明かさないため、それを探し出そうとする人々の狂騒が始まった。
1ヵ月間、ほぼ毎日、ニューヨークのどこかにバンクシーの作品が生み出された。それを見つけてSNSに投稿する者、その作品の上に自らの名前を落書きして売名行為をする者、ついにはその作品を持ち帰って一攫千金を目論む者─。
世界的知名度が高いバンクシーだが、その姿を目にした者は誰もいない。この1ヵ月間の創作活動においても例外ではなく、数多くの作品が路上に残されたにもかかわらず、その姿や活動を目撃されることはなかった。

2013年10月、ニューヨークで巻き起こった狂乱は、果たして何を残したのだろう─


▶ 映画館環境
アップリンク スクリーン1 スクリーンサイズ120インチ 座席数58
初めて最前列に座ってみた。意外とありかもしれない。椅子は低いものの、足元は極めて広々としているし、観賞における体勢もそれほどつらくもない。
平日、7割方座席が埋まっていただろうか、客層は若者中心。


▶ 作品レビュー
ドキュメンタリー自体の作りは非常に荒い。ほぼ全編ハンディーカムのような小型カメラで取材している。追いかけるネタがネタだけに致し方ない。
内容は非常に興味深い。バンクシーのことを知っていようが知っていまいが、グラフィティやアートに興味が有ろうが無かろうが、そんなの関係なく誰でも楽しめる内容。
焦点をバンクシーというアーティストにとどまることなく、それを取り巻く人々のエゴをメインにしているところが、この作品を成功に導いている要因だろう。まぁバンクシーという存在が謎であり、姿を全く現さないわけだから、他のところに焦点を当てざるを得なかったのだろうが…。とかく謎だらけのバンクシーそのものに興味を持っていきたくなるところを、あくまで残された作品を前面に打ち出し、それを取り巻く狂騒劇が繰り広げられているところが非常に面白い。
バンクシーが残した作品そのものを見ると、決して完成度は高くないし、単なる落書きでしかない。重要なのは、それをつくり出す環境やその意義。その重要な部分をしっかりとすべて捉えていて、どんなかたちでも、ドキュメンタリーとして残しておく意義深さを強く感じた。
そして、そのアート作品を自分のものにしようとする輩の滑稽さというのはどうだろう。バンクシーというアーティストのすごさは、自分が残した作品そのものに全く価値がないということを自覚しているところにもあるのだろう。映像からは、まるで、一攫千金を目論むならず者やディーラーへのバンクシーの嘲笑が聞こえてくるようだ。
この映画は、確かに、バンクシーの奇妙な活動を追った特異なアートドキュメンタリーであることは間違いないけれども、同時に、アート、芸術というものの本質というものを改めて考えさせられるものであった。
世の中では、アートの価値を決めているのはあたかも金銭的なもののように見えてしまうのだが、そのお金にまつわる部分というところにはほぼアーティストが関わっていないだろうし、その芸術作品に関係のない輩が金銭的価値を決めて金儲けをしているだけ。アーティストにとってのアートというのは、決して経済活動を目的にしているものではないということを今一度確認しておく必要性を感じる。金を目的にアーティストになる人はいないはずだ。
つまるところ、芸術家になりたければ自らそう思えいいだけのことなのだが、それを認めるかどうかは自分以外の人間に委ねるしかない。要するに、アーティストとして存在するためにはある程度の金銭的評価も必要になってくるわけで、作品の本当の価値を理解していようがしていまいがその作品に狂乱する人々もまた、アーティストが存在するためには必要な存在なのだということを、何となくこのドキュメンタリーから感じる。
そして、このドキュメンタリーの結末を見ると、アートというものは直接的に社会を変えるものではないということもまた、悲しいかな、感じてしまう。
決して、アートは社会にとって無駄なものではないし、確実に社会を変えるものだとも思うのだが、さて、アートはどのように社会を変えたのか具体例を挙げようにもなかなか思い浮かばないというのが正直なところ。もしかしたら、アートなんていうものは社会変革など起こせるはずがないのかもしれない、とまで思ってしまっている。
非常に荒々しい作りのドキュメンタリーではあったが、色々と考えさせられるところがあった。

バンクシーの公式サイトを改めて確認した。あらゆるイマジネーションをかきたてられる。けれど、それ以外の他のものを考えさせられることは全くなかった。

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