LOVE 3D

LOVE 3D(2015年/フランス・ベルギー合作)
原題:Love
公開日:(仏)2015年7月15日 (日)2016年4月1日
配給:(日)クロックワークス
時間:135分

監督:ギャスパー・ノエ
脚本:ギャスパー・ノエ
出演:カール・グルスマン(マーフィー)
   アオミ・ムヨック(エレクトラ)
   クララ・クリスティン(オミ)ほか
撮影:ブノワ・デビエ
編集:ギャスパー・ノエ
音楽:ケン・ヤスモト

鑑賞日:2016年4月1日
場所:ヒューマントラストシネマ有楽町 シアター1 F-17


■ Introduction & Story
若い妻、そして幼い息子と暮らす青年マーフィーが、かつての恋人エレクトラの母からの電話をきっかけに、彼女との2年に渡る蜜月を振り返る物語。その回想は心を引き裂かれんばかりのエレクトラとの別れから始まり、彼女とともに過ごした愛のエピソードが、時計の針を巻き戻すように描かれる。かつて人生のすべてだと思っていた女。情熱、性欲、嫉妬・・・様々な感情に振り回され、ぶつかり合い、愛し合った彼女との時間。その回想がやがて彼らの初めての出会い、初めてのキス、初めての夜に立ち戻ったとき、男は喪失を抱えて人生を歩んでゆくほかない———。

監督は、作品を発表するたびにセンセーションを巻き起こす鬼才、ギャスパー・ノエ。『カルネ』でカンヌ国際映画祭の批評家週間賞を受賞し鮮烈に登場、続く『カノン』で絶対的なタブーを描き出した。第55回カンヌ国際映画祭正式招待作品となったモニカ・ベルッチ主演『アレックス』では衝撃的なレイプシーンが物議をよび、東京で撮影された『エンター・ザ・ボイド』ではドラッグにまみれたTOKYOを彷徨う魂を描いた。暴力的で孤独な世界の中から、闇にまぎれることのない愛や人間たちを掬いあげてきたギャスパー・ノエ自身が、「私のこれまでの映画とは違う、私のすべての映画の中で、その存在をもっとも近く感じられる、そして最もメランコリックな映画だ」と語る。性と愛をわけるのではない、セックスも感情もすべてを包括する“LOVE”を描くのが本作『LOVE【3D】』だ。

一月一日、早朝。電話が鳴る。マーフィーは目覚める。傍には若い妻オミと二歳の息子ギャスパー。
彼は留守番電話を聞く。エレクトラの母だ。心労で声がやつれ、娘から連絡はなかったか知りたがっている。
エレクトラはずっと行方不明なのだ。母は、娘に何かあったのではないかと心配している。
いつまでも雨のやまない一日、マーフィーはアパートにいて、彼の生涯最大の愛を思い返す。エレクトラとの二年間を。
いつまでも続くはずだった、駆け引きに満ち、時に行き過ぎた、過ちだらけの、焼けつくような情熱の日々を…。
※「LOVE 3D」日本語公式ホームページより

▶ 映画館環境
ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1
・座席数162席
・スクリーンサイズ(ビスタサイズ)5.9×3.2m/(シネスコ)7.6×3.2m
座った席はF-17。ここのシアターはF列であればどこでもいい。3D上映だったけれども今回も敢えて右端を選択。端でも十分3Dを堪能できた。といっても、それほど3Dを有効に活用していた作品とは思えなかったし、何といっても、男性性器の勃起や射精といった効果的であっただろうと思われる部分にはしっかりとボカシが入っていたため、3D効果を完全に台無しにされていたわけだ。
ここはいつも人がそれなりに入っている印象。この日も男女問わず、まぁまぁの入り。ボカシなど入れてしまうと、余計に卑猥感が強まると思ったりした。野郎やおっさんだけが見るような映画でもないと思うのだが…


▶ 作品レビュー
まずはこの作品に対するボカシについて考えてみたい。

日本国憲法 第21条
1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

刑法 第175条
1 わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
2 有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

日本国内においては、性的表現を巡りこの「表現の自由」と「わいせつ物頒布等罪」が常にせめぎ合っている状況─、学校でも「チャタレー夫人の恋人」訳をめぐる裁判判決というものを習ったりしているわけで(※もしかしたら今の時代においては題材は違うものになっているかもしれないけれど─)、性描写におけるこの二つの戦いはほぼ刑法175条の勝利に終わっている。映画「愛のコリーダ」でさえも表現の自由は許されなかったわけで、それを考えるとこの映画にぼかしを入れてしまう思いというものを鑑みることができる。性器に対しての表現の自由を許された例として、写真集「MAPPLETHORPE」を巡る2008年の最高裁判決が有名だが、一度わいせつ物のレッテルを貼られてしまうとそれを覆すことは難しい。罰金や科料もあるわけだから、危険な部分は見せない方が無難。
メイプルソープの件で性的表現もかなり緩和されてきているとはいえ、一般の劇場公開で、しかもセックスにおける性器の描写となると、実際には禁じられているに等しい。あの「愛のコリーダ」さえも、いまだにオリジナルが一般上映されていない。
以上のことから、この「LOVE 3D」も無修正で上映されるわけがない。3Dを生かした勃起や射精も、所詮興味本位の映像としか見なされないだろうし、白い液体がリアルに目のまえに広がったとしても、それは決して芸術作品とは認められないだろう。
長々と余計な前置きをしてしまったが、この映画における修正というものがいかに致命的なのかを主張したいがためものである。確かに3Dを抜きにしても、映像自体優れたものであったし、ストーリーや展開も素晴らしい出来だったと思う。しかし、ギャスパー・ノエの意図は今までにない愛の表現にあったはずであり、それを3Dという武器を持って描こうとしているにもかかわらず、それをバッサリと切り捨ててしまうこの醜いボカシには、嫌悪感しか覚えない。そのボカシはむしろ、本物ナニ以上に卑猥に感じた。
正直、この映画を見て3Dの効果を全く感じることができなかった。しかし、その悪因は制作側にあるのではなく日本の刑法にあるのだと確信できる。単に、ボカシが入るとやっぱ3D効果が望めない…ということを確認できたに過ぎない。
とはいえ、内容はポルノやAVとは紙一重のものであったことも事実で、配給会社が無修正という強行に出ることができなかった気持ちも分からないでもない。愛を貪るあまりの3Pが展開されるわけであり、それを純粋にアートと主張するにはかなりの無理がある。単にリアルな性描写を見たいという者もいるだろう。しかし、その何が悪いのか。R指定もしているわけだし、インターネットで自由に性器を見ることが可能ないま、表現の自由を奪う規制はむしろ憲法違反であるとしか思えない。
この映画で憲法論議をしようという気もないし、そんな知識も気概もない。ただ、映画におけるボカシは、ヌードを描いた絵画に墨を塗るような愚行であり、その正当性は全くもってない。規制の上の規制で、表現の自由を奪っているだけだ。
とりあえず、欲求不満はすべて吐き出した。
不思議なもので、性欲が旺盛な若かりし頃には思いもしなかった怒りや感情を、ボカシに対して感じてしまったわけで、柄にもない法などを持ち出してしまった。性欲が衰えると無欲な思考ができるものなのだろうか─ようやく国家権力の横暴に慣らされている自分に気が付いた。そして、まずは愚痴を言ったまでだ。

さて、内容にいたっては、エロを超えた愛を感じさせてくれる素晴らしい映画だと思う。人生の無情というか、欲望の行く末を見せられた思いがする。

時間軸がかなり自由に構成されており、時々どの時点の場面なのか分からなくなってしまうところもあったが、もはやそんなものは関係がなくらい、愛という軸だけが物語を支えていると感じた。そこがまた心を打つ所以でもある。

簡単に言ってしまえば、失われて初めて気が付くかけがえのないものというものが大きなテーマになっているのだが、これほどまでに強烈にそれを伝えてくれる作品はないだろう。ポルノまがいの性描写は決して男の欲望を満たすものだけに作られているのではないことがよく分かるし、ハードな性描写もそれほど卑猥に思わない。そう思わない人も多いだろうけれど…。

似たようなバストショットからの繋ぎ─、似たようなロングショットからの繋ぎ─、同じようなショットでどんどんカットが繋げられていく。そして時にブラックショットが入ったりして、要するに潔いほどにブツブツ繋げられている。それがまた違和感なく、むしろその繋ぎ方によって作品にリズムをもたらしており、最後まで気持ちが途切れることなく見切った気がする。
内容もさることながら、映像スタイルにも気配りが成されていると感じたわけで、ステレオタイプな言い方になってしまうけれど、まさにフランスから発信された映画だなーと素直に思ってしまった。どんなにカッコつけたところで、日本からはこんなオシャレな映画は生まれないだろう。とくにこれほどまでに性的な表現を用いながらも、洒落た作りに仕立て上げることなどできるわけがない。まぁ、ギャスパー・ノエが卓越したエロ監督なのかもしれないが─。

この映画を3Dで見ることはあまり推奨できないが、3Dで見て憤慨してほしいと思うところもまたある。ぜひとも、平気でアートに泥を塗るこの国を、憂えてほしい。





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