レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち(2014年・アメリカ)
原題:The Wrecking Crew
公開日:(日)2016年2月20日
配給:(米)マグノリア・ピクチャーズ (日)ジェットリンク、エレファントハウス、カルチャヴィル
時間:101分
監督:デニー・テデスコ
制作:クリス・ホープ
ジョン・レオノウダキス
ミッチェル・リンデン
クレア・スキャンロン
デイモン・テデスコ
デニー・テデスコ
スージー・グリーン・テデスコ
制作総指揮:ハーブ・アルパート
ジェリー・モス
クリフォード・バーンスタイン
デニス・ジョイス
出演:ブライアン・ウィルソン
グレン・キャンベル
ジミー・ウェッブ
ミッキー・ドレンツ
ハル・ブレイン
トミー・テデスコ
キャロル・ケイ
アル・ケーシー
アール・パーマーほか
撮影:ロドニー・テイラー、トリッシュ・ゴボニ
編集:クレア・スキャンロン
鑑賞日:2016年2月23日
場所:シネマカリテ スクリーン2 C−8
■ ストーリー
1960年代から70年代にかけて活躍したスタジオミュージシャンの集団、レッキング・クルー。ナット・キング・コール、フランク・シナトラなどのビッグネームのスタジオ録音に携わり、ビーチ・ボーイズやモンキーズ、バーズ、ママス&パパスといったウェストコーストを代表するバンドの録音にも参加していて、彼らこそがそのサウンドを作り上げたといっても過言ではない。しかし、当初、彼らの名前はアルバムのどこにも明記されることがなかった。
そんな伝説的音楽集団にスポットを当てたドキュメンタリー映画。
本作はレッキング・クルーの中心メンバーだったギタリスト、トミー・テデスコの息子デニーが父親の勇姿を残そうとして制作が始まり、デニーが監督を務め、貴重な映像をまとめながら、2008年に完成する。
劇中で使用している音楽約130曲の版権を完全にクリアするまでに8年を要し、2015年にようやく全米公開となる。
▶ 映画館環境
新宿シネマカリテのスクリーン2は客席79、いわゆるミニシアター。
後方の列に座ると、スクリーンが小さく感じてしまう。
今回座った席は3列目のC−8、スクリーンを前にすると右端の席。劇場の構成上、どこに座っても見た目の大差はないように思うが、とにかく後ろは避けた方がいい。
個人的には、C−1、E−1、E−10あたりがベストと見た。
平日の夜の上映。9割方の入りだったと思う。予想外の盛況。客層は完全に年配の方々が占めていた。明らかにオールディーズのファン層が中心。
▶ 作品レビュー
ロックは金でしかない…だから、彼ら彼女らは表舞台に出てこなかった─
出てくる人が皆、口を揃えていうことは金のことばかりであり、ヒットするとかそういうことばかり言っていて、(まぁあくまでショウビズとしてのドキュメンタリーだから受け入れるしかなかったのだが)、当初これを見ることへの疑問とか時間の無駄ということしか感じることができなかった。唯一、ブライアン・ウィルソンだけが音楽へのこだわりをもって、レッキング・クルーを使っていたというところだけが例外で、あとは全て売ることが目的で彼らの演奏を利用していた。とっても、個人的にはビーチ・ボーイズのサウンド自体好きじゃないし、食うために腕を発揮している者は世の中に腐るほどいるだろうに…という思いで見ていた。
嫌気を覚えたのは、最初インタビューばっかりだったからだ。全体的にしゃべりが多すぎるし、言っていることって大概褒め殺しのようなもの。それが形を変え繰り返されることに怒りすら覚える。その不満も、レッキング・クルーが実際に演奏しているのを見聴きすることによって、徐々に解消されていくのだけれど─。
キャロル・ケイがギーターとベースを自在に演操り、まさに不動の実力を感じてしまう。メンバー全員が複数の楽器を見事に演奏したという眉唾物の発言があったけれども、あながち嘘でもなさそうだと、ようやく納得し出した。最初から、メンバー全員に演奏させて始まればいいものを、出し惜しみもいいところ。大物ミュージシャンがいくらレッキング・クルーは凄い凄いと言ったところで説得力なんて全くない。演奏一つで全て説明がつくというのに─。
特に、ハル・ブレインのドラム演奏には魅せられた。中盤、本当に飽き飽きしていたところで、彼の演奏は助かった。
ナンシー・シナトラとかハーブ・アルパートの映像やお話しは、最悪だったし、そもそも彼女と彼が世の中にどれだけ影響を与えたかなど、たかが知れている話しではないか。そんな半端なヒットメーカーを持ってきたところで、レッキング・クルーが果たした役割というものに何ら凄みを覚えない。単に、一時代の一地域の流行を懐かしく語っていただけに過ぎない。
そんな怠惰な中盤でも、モンキーズのミッキー・ドレンツの話しには笑ったと同時に悲哀を感じた。トミー・テデスコのギターを含めレッキング・クルーの演奏があまりにも凄すぎて、レコーディングの仕上がりは最高でも、実際に俺たちには演奏できないというモンキーズのメンバーからの不平不満が続出したという。
語りが多すぎて、無駄と思えるところが多いドキュメンタリーではあるけれど、その内容が濃いところは非常に興味をそそる。
その最たるものが、やはりビーチ・ボーイズとのレコーディング話。何十テイクも繰り返すブライアン・ウィルソンの音へのこだわりを皆が皆称賛し、そこにレッキング・クルーの技量が存分に発揮されているのだと納得させられる。それほど好きでもない、『ペッツ・サウンズ』をもう一度聴き直してみようかなという気にさえさせられる。
理想を追求するブライアンを天才だと皆は言う。彼が求めるのは高尚なものだと。しかし、当のブライアンは「何を求めていたか正直分からない、ただ全ての音が合うまでやり続けただけなんだ」と語っていたところには、思わず笑ってしまった。
それに続くフル・スペクターの理不尽な要求の話しとか、真実味があったし─。
そもそも、燦然と輝く作品を今さら言葉で賛美しても意味がないわけで、ぶっちぇけ話とか暴露話であればこちらとしても見応えあるし、さらにまたそれら名作を聴き直そうかなとも思ったりもする。
とはいえ、その名作の裏にはレッキング・クルーあり、という知られざる賛美ネタであるならば、こちらとしても新鮮にそれらを受け止めることができる。惜しむらくは、活躍当時の映像がほとんどないということ。完全に裏方として扱われていたわけだから、当然と言えば当然なのかも知れないが…。だから無駄な昔話が多くなってしまっているのだろう。
寝る暇もなく、しかも稼ぎに稼いだ過去の栄光から比べるもなく、今となっては仕事量も激減していることだろう。しかし、その実力は恐らく体が動かなくなるまで消え失せることはないだろう。
全く力みのないスムーズな演奏に心が奪われる。単なる訓練などではあんな演奏はできないだろう。現場で鍛えられたからこその実力であることは明らかだ。
キャロル・ケイは語っている。自分の家庭はそれほど裕福ではなく、公共の集合住宅に住む母子家庭で育ち、母親が懸命に月謝を払って通わせてくれたギター教室のおかげで、何とか手に職をつけることができたのだと。
そしてハル・ブレインは言う。ストリップなどで演奏し、楽譜は常にその場で渡されその場で暗譜、そのおかげで、たとえどんな場面であってもすぐに演奏できるようになったと。
『ペッツ・サウンズ』の演奏はほぼレッキング・クルーだと言われるだけでもなかなか衝撃的なところがある。その上、全てではないにしてもバーズやママス&パパスの演奏もレッキング・クルーであったと聞かされると、60年代70年代のアメリカンロックを形づくったのはまさに彼らではないかと思ってしまう。生み出したのは世に名の通っているビッグネームかも知れないけれども、確立したのは間違いなくレッキング・クルーと言っても過言ではあるまい。
卓越した演奏技術があっても、自らが生み出すことが少なかったために、その凋落も激しかったようだ。ハル・ブレインのゴールドディスクまで売ったという話しは悲しすぎる。そして、トミー・テデスコのテレビ出演の映像などは悲惨極まりない。音楽をスポーツ的に捉えて技術を追求したところで、スーパースターには成り得ない、そういう悲しい帰結になってしまっている。
エンドで流れる音楽を聴いて、これほどまでに超メジャーな楽曲に参加していたとは…と最後の最後まで驚きを隠せない─
サイモン&ガーファンクルなどもそうか…考えてみたら、もともと2人しかいないわけだから、レッキング・クルーをフル活用でもサイモン&ガーファンクルと言えるかもねー。キャプテン&テニールもそうだし、ライチャス・ブラザーやソニー&シェールもそうだろう。ビーチ・ボーイズやロネッツ、ママス&パパスなどは歌のハーモニーがメインだから楽器を誰が弾こうが問題ない。しかし、最も衝撃を受けたのはHawaiiFIVEOのテーマが流れたとき。これってベッンチャーズじゃないの?!よく調べてみると、ベンチャーズはカバーしただけで、それがヒットしたから彼らの作品のようになっているけれど、もとのテーマを演奏していたのは違う面々、そうまさにレッキング・クルーだったということなのか?!だとしたら、あまりに報われない職人集団であると思わざるを得ない。映画を作って何とか世に知らしめようとした、トミー・テデスコの息子の気持ちが痛いほど分かる。
結果、オールディーズファンにとってたまらないドキュメンタリー映画であった。
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