怒り(2016年・日本)
公開日:2016年9月17日
配給:東宝
時間:142分
監督:李相日
原作:吉田修一
脚本:李相日
出演:渡辺謙(槙洋平)
森山未來(田中信吾)
松山ケンイチ(田代哲也)
綾野剛(大西直人)
広瀬すず(小宮山泉)
ピエール瀧(南条邦久)
三浦貴大(北見壮介)
佐久本宝(知念辰哉)
高畑充(希薫)
原日出子(藤田貴子)
池脇千鶴(明日香)
宮崎あおい(槙愛子)
妻夫木聡(藤田優馬) ほか
製作:市川南
共同製作:中村理一郎
弓矢政法
川村龍夫
高橋誠
松田陽三
吉村治
吉川英作
水野道訓
荒波修
井戸義郎
エグゼクティブプロデューサー:山内章弘
企画:川村元気
プロデュース:川村元気
プロデューサー:臼井真之介
ラインプロデューサー:鈴木嘉弘
プロダクション統括:佐藤毅
撮影:笠松則通
照明:中村裕樹
録音:白取貢
美術:都築雄二、坂原文子
衣装デザイン:小川久美子
ヘアメイク:豊川京子
編集:今井剛
音楽:坂本龍一
主題歌:坂本龍一 feat. 2CELLOS
サウンドエフェクト:北田雅也
スクリプター:杉本友美
キャスティング:田端利江
助監督:竹田正明
音楽プロデューサー:杉田寿宏
鑑賞日:2016年9月21日
場所:TOHOシネマズららぽーと船橋 スクリーン7 C14
■ 物語 STORY (公式HPより)
ある夏暑い日に八王子で夫婦殺人事件が起こった。
窓は閉め切られ、蒸し風呂状態の現場には、『怒』の血文字が残されていた。
犯人は顔を整形し、全国に逃亡を続ける。その行方はいまだ知れず。
事件から一年後。千葉と東京と沖縄に、素性の知れない3人の男が現れた。
千葉───
3か月前に突然家出をした愛子(宮崎あおい)が東京で見つかった。
彼女は歌舞伎町の風俗店で働いていた。
愛子を連れて帰った父・洋平(渡辺謙)は、千葉の漁港で働く。
8年前に妻を亡くしてから、男手一つで娘を育ててきた。
愛子は、2か月前から漁港で働きはじめた田代(松山ケンイチ)に出会った。
東京───
大手通信会社に勤める優馬(妻夫木聡)は、
日中は仕事に忙殺され、夜はクラブで出会う男と一夜限りの関係を続けていた。
彼には末期がんを患う余命わずかな母がいた。
ある日、優馬は新宿で直人(綾野剛)に出会った。
沖縄───
また男と問題を起こした母と、
夜逃げ同然でこの離党に移り住んできた高校生の泉(広瀬すず)。
ある日、無人島でバックパッカーの田中(森山未來)に遭遇した。
殺人犯を追う警察は、新たな手配写真を公開した。
その顔は、出会った男に似ていた。
いつしか交際を始めた愛子と田代。
二人の幸せを願う洋平であったが、
前歴不詳の田代の過去を信用できず苦悩する。
同居を始め、互いの関係が深くなっていく優馬と直人。
しかし直人の日中の不審な行動に優馬は疑いを抱く。
ある事件をきっかけに心を閉ざした泉と
彼女を救えなかったことに苦悶する同級生の辰哉。
親身に支える田中であったが、無人島で暮らす彼の素性を誰も知らない。
愛した人は、殺人犯だったのか?
それでも、あなたを信じたい。
そう願う私に信じたくない結末が突きつけられる──。
▶ 映画館環境
TOHOシネマズららぽーと船橋スクリーン7
座席数250、スクリーンサイズ6.4×15.2m、大きな劇場
前方2列、後方9列と2ブロックに別れている。C14は後方の最前列、真ん中の席。横に広い劇場であるため、なるべく中寄りの席がよい。個人的には前方に障害がないC列が好みだが、ややスクリーンに近すぎるかもしれない。
▶ 作品レビュー
豪華俳優陣の見事な演技を見ていると、誰だったか─どこでだったか─覚えていないが、映画公開前に非常につらかったと語っていた記憶がぼんやりと頭に浮かんできた。広瀬すずだったかなぁ──確かに、劇中の彼女を凝視できなかった部分もあったし、捉え方も非常に難しいものだった。彼女が被る悲劇をどう捉えるか個人個人違うだろうし、ひどい場合は悦楽すら感じた者もいただろう。とはいえ多くは嫌悪感を持ったと想像する。その感情がタイトル通りに“怒り”だったとしても、その怒りが向かうところもまた、多岐にわたっていたはずだ。そもそもこの作品自体が複数の話が入り乱れて進行していくわけで、この映画について一言で表現することなど自分にはできない。
殺人事件から始まり、風俗、同性愛、暴行など一般的ではないけれども、間違いなくこの世の中に存在する事柄を題材に展開する。どこかで見た風景やニュース映像がコラージュのように紡ぎ合わされ、現代社会というものを再構築することにより、今生きている日本という国がどんなものなのかを見せられた気がする。映像だけ重視して見ると、そういった思いになるわけだが、作品の意図するところは別のところにあるわけで、それを読み解くことで、絡み合う話を一つにすることも可能になるわけだ。
読み解くといっても、まさに“怒り”というものがこの作品のキーであることは明白なこと。その怒りの拠り所を丁寧に拾い出していけば、作品の深みを感じることが可能となる。
殺人事件の現場から始まる故に、半ば犯人捜しや事件解決へと向かった作品として仕立て上げられているけれども、それはあくまで“怒り”を表現するための分かりやすい手段であり、どのような形であれ、何よりもまず“怒り”の感情を明確につかみ取ることができれば、この作品を作り上げた全ての者の本懐だといえるのではなかろうか。
とまぁ、自分こそがまさに様々に飛び交う“怒り”を感じる取ることができたわけで、それ故思うことも様々あった。
ニュース映像のパロディーなどもあり、思わず噴き出してしまったところもある。それらも鑑みて作品全体を眺めてみると、李監督が現代社会に多大なる怒りを感じているのではと思い、またしても出演者が辛かった、監督が怖かった、と語っていた場面がぼんやりと思い起こされる、そしてそれは多分、広瀬すずだったはず、誰でもいいんだけれど…。
もしかしたら監督のその恐怖は、怒りを生み出すための演出だったかもしれないけれども、結果として表現したかったことは間違いなく現代社会への憤りだと感じる。
名実ともに実績がある素晴らしい俳優陣の素晴らしいパフォーマンスにより、作品の趣旨である“怒り”を素直に捉えることもできるし、しかも展開される人間ドラマにも魅了され、純粋にエンターテインメントとして楽しめる。
こんな素晴らしい出演陣なのだから面白くて当たり前、とおんぶに抱っこすることなく、映像作品をしっかりと構築していこうとする意志を感じるわけで、そのしっかりとした絵づくりがあったからこそ大いなる“怒り”を捉えることが可能なのだと思う。
紡ぎ出される物語はマイノリティーの話。確かにそうなのかもしれないけれど、そんな自分はどうなのかと─、街中でみかける多くの人たちはどうなのかと─、あらためてそういう視点を与えられ、そして世の中すべての人々は個々の集合体なのだということを今さらながら思っている。ニュースで流れる事件や日常の小さな出来事は、間違いなく自分たちが生きている現実世界で起こっていることなのだということを想起させてくれる映画だった──“怒り”という感情とは無関係ではあるけれども。
李監督は、世の中には怒りが溢れていると言いたいのか、もっと怒りを感じろと言いたいのか、両方なのか、いずれかでもないのか…。
とにかく、楽しみ方がいろいろとある映画であった。
0 件のコメント:
コメントを投稿