亜人 劇場版最終章『衝戟』(2016年・日本)
公開日:2016年9月23日
配給:東宝映像事業部
時間:119分
総監督:瀬下寛之
監督:安藤裕章
原作:桜井画門
声:宮野真守(永井圭)
細谷佳正(海斗)
福山潤(中野攻)
大塚芳忠(佐藤)
平川大輔(田中功次)
櫻井孝宏(戸崎優)
小松未可子(下村泉)
木下浩之(オグラ・イクヤ)
鈴村健一(曽我部)
森川智之(アルメイダ)
坂本真綾(マイヤーズ)
洲崎綾(永井慧理子)
斉藤壮馬(琴吹武)
シリーズ構成:瀬古浩司
プロダクションデザイナー:フェルディナンド・パトゥリ、田中直哉
キャラクターデザイナー:森山佑樹
造形監督:片塰満則
美術監督:松本吉勝、滝口比呂志
色彩設計:野地弘納
演出:井手恵介、岩田健志、米林拓、りょーちも、鹿住朗生
CGスーパーバイザー:岩田健志、上本雅之、菅井進、溝口結城
編集:肥田文
渡邊潤
音響監督:岩浪美和
音楽:菅野祐悟
主題歌:宮野真守
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
鑑賞日:2016年9月26日
場所:TOHOシネマズららぽーと船橋 スクリーン6 H5
■ ストーリー(公式HP劇場版最終章『衝戟』より)
「これが、カウントダウン開始の合図だ」
第2ウェーブ──“浄化”が始まった。
リストの順番通りに殺されていく要人たち。
だが、日本政府は断固としてテロリストには屈しない姿勢を貫く。
水面下で働く、警察、対亜特選群、自衛隊、米国国防総省、
そして、亜人管理委員会役人・戸崎と高校生亜人・永井圭。
「第2ウェーブの終了とともに、我々は次のウェーブへとコマを進める。
第3──それが、最終ウェーブだ」
圭は、亜人である佐藤を無力化するための策を練るが、
彼の気付かぬところで計画は綻びを見せ始めていた……。
ついに動き出した、亜人過激派集団。
市場最悪凶悪のテロリスト・佐藤の真の狙いとは──?
佐藤を止めるのは、誰だ
▶ 映画館環境
TOHOシネマズららぽーと船橋スクリーン6
スクリーンサイズ3.9×9.2m、座席数102
比較的小さな劇場。H5は最後列、スクリーム向かってやや左、階段上って正面の席。
最後列はやや見下げ、しかし画面の迫力などは失われず。
▶ 作品レビュー
本編冒頭、ラジオ番組のような小話があったけれど、全く楽しめず、内容も頭に全く入ってこず、何のために流されたのか意味不明(と個人的に思った)…。好きな声優が語っていれば、楽しめたのかどうか分からないけれど、本編には全く関係ないもので、なんだか邪魔だった。
さて──
モーションキャプチャでのアニメーションというのは特別珍しいものではないけれども、長編アニメにおけるそれは個人的に亜人が始めてだったはず。それ故に、それなりの新鮮味なども感じる。ただ、3部作を見終わって思うことは、完成度はまだまだ物足りないといったところ。ディズニーアニメやジブリなどのアニメと比べると、動きのぎこちなさは否めない。この手法はいまのところ、リアルさを追求するというよりも効率的にアニメーションを制作する上で有効だ、ということしか感じ得ない。実際に効率的だったどうかは勝手に想像するしかないのだが。
黒い物体の表現についてかなり魅せられた。それこそがこの作品でのオリジナリティーであり、これを表現するためにモーションキャプチャという手法を選択したのだろう(と勝手に想像する)。現実世界に存在しないものを表現する上でモーションキャプチャが有効だということなのだろう。普段目にしない現象がリアルに表現されることで、視覚的快楽が得られるということなだろう。
人間の動きには満足しなかったものの、全体的には動きに特化したアニメーションだった。人の動きのぎこちなさというものさえ、肯定的に捉えたならば、これからの可能性を秘めているといえる。
まさに亜人を見るための作品であり、亜人の表現だけで楽しめるといっても過言ではない、たぶん…、個人的に──。
話二の次で亜人の動きや表現に興奮するわけで、飛び飛びで公開されるその話は半ば飛んでしまっていても、黒い物体が登場するとそれだけで不思議と楽しめてしまう。
亜人、それは死んでも死んでも生き返る者、分身ともいえる黒い物体を出すことができて、一般人にはその黒い物体を目視することができず、その力は想像を超えるもの。
この亜人の定義さえしっかりと認識しておけば、どんな話や状況になろうとも楽しむことができる。それが良いのか悪いのか微妙なところであるけれども…。
ただ、動き重視の反動なのか、絵的な美しさなどはあまり感じられず。黒い物体の黒は物凄く黒を感じるのに、他の場面における黒は常に光でぼかされている印象で、映画アニメーションとして絵力が弱いように思ってしまった。それは、1部から感じていたことであり、最後までその印象は変わらなかった。とはいえ、それを相殺してくれるだけの動きや展開があり、知らないうちに絵に対する不満など薄らいでいったわけだが─。
そもそもアニメーションというものは、絵が動くことで楽しみを得られるわけであり、その本質たる動きを追求し、しかもそれが成功していれば無常のカタルシスを得られることは必至。そしてそれがこの「亜人」だったということである。
映画はこの最終章で完結したわけだが、ストーリー的には完全なる終幕ではない。もしかしたら次もあるかもしれない。もしあったら、もっと絵づくりにもこだわりを持ってほしいと贅沢な注文を勝手に述べて、終了。
0 件のコメント:
コメントを投稿