レッドタートル ある島の物語(2016年/フランス・日本合作)
原題:La tortue rouge
公開日:(仏)2016年6月29日 (日)2016年9月17日
配給:(仏)ワイルドバンチ (日)東宝
時間:81分
監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ビット
原作:マイケル・デュドク・ドゥ・ビット
脚本:マイケル・デュドク・ドゥ・ビット、パスカル・フェラン
プロデューサー:鈴木敏夫、バンサン・マラバル
アーティスティックプロデューサー:高畑勲
音楽:ローラン・ペレズ・デル・マール
製作:スタジオジブリ、ワイルドバンチ
鑑賞日:2016年9月21日
場所:TOHOシネマズららぽーと船橋 スクリーン3 F9
■ ストーリー(公式HPより)
どこから来たか どこへ行くのか いのちは?
嵐の中、荒れ狂う海に放り出された男が九死に一生を得て、ある無人島にたどり着いた。必死に島からの脱出を試みるが、見えない力によって何度も島に引き戻される。絶望的な状況に置かれた男の前に、ある日、一人の女が現れた──。
2000年アカデミー短編アニメーション映画賞を受賞したマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の「岸辺のふたり」がきっかけで、スタジオジブリが長編アニメの新作を同監督にオファーし、8年の歳月をかけて完成に至る。
第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門特別賞受賞。
▶ 映画館環境
TOHOシネマズ ららぽーと船橋 スクリーン2は座席数128、スクリーンサイズ3.8×9.0mというやや小さい劇場。F9はちょうど劇場の真ん中付近。平日の劇場内は空いていて、作品に集中できた。ただ、個人的には、もっと多くの人が見てほしいなーと思ったり…
▶ 作品レビュー
セリフなしの長編アニメーション。内容もお伽噺のようであり、質も高く、普遍的な要素を強く感じる作品。つまりは、そのまんま全世界で公開することが可能なわけであり、どんなにか多くの人が観賞することだろう、と勝手に妄想していたところ予想外の劇場貸し切り状態で、作品の内容と相俟ってなんだか非常に悲しかった。
話は淡々としていて、無人島が舞台であるが故になおさら退屈に感じるかもしれない。実際自分も暗い劇場で眠りそうになった。
絵は全体的に薄暗く、色味は渋い。しかし、海や竹薮、空や太陽といった自然の表現は素晴らしく、大きなレッドタートルの出現で作品が一気に色彩を増したような気がした。
そしてそこから話も大きく変化を見せるのだが、かなり唐突な展開になる。それをどう捉えるかで、以降の作品の見方もかなり違ってくる。
個人的には、そこで明らかに昔話の世界に突入した観を持ったし、それゆえに以降は目の前に広がる幻想的な世界に気持ち良く身を委ねるだけだった。
数年前に「岸辺のふたり」というDVDを見た。水彩画と水墨画を掛けあわせたような絵が特徴的で、色味はモノトーンに近く、全体的にノスタルジックというか人生の無常観を強く感じる作品であり、見終わった後の心の寂しさが長く後を引く─。
モノトーンの中の不思議なマチエールがこの「レッドタートル」にも存分に生かされていて、自然などの動きにおける表現もしっかりと受け継がれており、むしろ確実にそれは進化している。
ヨーロッパのアニメを見て強く思うこと、それは絵画が動いているという印象。それゆえ高尚さを大いに感じると同時に、それを生み出す労力も否応なく感じてしまう。だからこそ必然的に感情移入も大きくなる。
この作品を見た率直な感想は素晴らしいの一言。ほぼ一人で作り上げたであろうと思うし、8年の歳月をかけたということも納得する。
だが、アニメ観賞において高尚やら労力やら感じる必要が全くないわけで、面白いか否かはそういった要素は必要ないだろう。
「ズートピア」の方が分かりやすくて断然面白い。それとこれとを比べること自体が無駄で無意味なことだと重々承知ではあるけれども、劇場内のあまりにも違う状況に、ただただとしてしまうわけで、それこそ無常観を感じざる得ない、だからなおさら多くの人に見てほしいと思うわけで、毛色が全く違う大ヒット作を持ち出して強引な比較などしてみる。
寂しい、実に寂しい気持ちで作品を後にした。美しい映像と音楽の他に、この作品は何を残してくれたのか、考えてみる、でも何も思いつかない。もしかしたら、何も残してくれなかったかもしれない。だから寂しさを感じたのかもしれない。
強いて言うなら、何ものかへの尊さというものを残してくれただろうか─、それともどこまでも続いていく永遠の世界というものだろうか─。しかし、寓話的な要素はそれほど感じない。
ふと昔聞いた昔話のことを思い出す。読み聞かせてくれる大人は寓話として読むけれど、聞いている子供にとっては単なる物語、その後で付け加えられる説法などにより、昔話が寓話と化してしまうわけだ。
だから敢えて言う、この作品は何も残してくれないと。ここであれこれ付け加えて、陳腐な寓話のようなものに貶めることを避けるために。
ただ見て、ただ感じる。だたそれだけ。そして自分が感じたものは寂しさだったけれど、それは見る者にとって大きく違ってくるはずだ。それが普遍的作品というものであり、この作品もその一つであると確信する。
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