最愛の子(2014年・中国)
原題:親愛的 Dearest
公開日:(中)2014年9月25日 (日)2016年1月16日
配給:ハピネット、ビターズ・エンド
時間:130分
監督:ピーター・チャン
制作:ピーター・チャン
脚本:チャン・ジー
出演:ビッキー・チャオ、ホアン・ボー、トン・ダーウェイ、ハオ・レイ、チャン・イー、キティ・チャンほか
音楽:レオン・コー
鑑賞日:2016年1月20日
場所:シネスイッチ銀座 シネスイッチ1 2階P−12
■ ストーリー
2009年7月18日、中国・深圳。3歳の男の子が姿を消した。
男の子の両親は離婚していたが、協力しながら必死にわが子を捜す。懸賞金をかけて情報を集めるものの、すべて金銭目的の詐欺ばかり。しかし時が経つにつれて偽の情報すら入らなくなってしまう。
諦めずに捜索し続けて3年、農村に似た子供がいるとの情報が入る。情報をもとにそこへ行くと、まさに捜し求めていたわが子であった。誘拐されて、血のつながらない女の子と兄妹として育てられていたのだ。必死にわが子を取り戻したものの、3年の間にすっかり別の子になってしまっていた。
農村で兄妹を育てていたのは女性は、すでに夫と死別していた。彼女が言うには、夫が男の子と女の子を拾ってきたのだという。男の子は誘拐されたものとは思っていなかったが、防犯カメラなどに映っていた男の子と夫の姿を見せられて愕然とする。そして、誘拐犯の妻として扱われ、育てた女の子も取り上げられて児童施設に入れられる。
農村の女性は誘拐の事実を知らなかったため、数カ月で釈放される。子供らを諦めきれない彼女は、一目会いたいとの思いで深圳に赴く。あわよくば取り戻そうと目論んで─。
子供の誘拐と人身売買という問題、それに中国におけるひとりっ子政策というものを絡めながら、複雑かつ一筋縄でいかない物語が展開される。
▶ 映画館環境
シネスイッチ1の2階最前列やや右寄りの席。2階P−8がベストポジションかももしれない。残念ながらそこはすでに抑えられていた。ただ、ゲットした2階P−12は、右扉を出るとすぐにトイレがあるし、それほど悪くはない。とにかく2階の最前列こそが狙い目。1階であればIー12などがいい席かもしれない。
夜からの上映にもかかわらず、観客はまばら。よほど注目度がない限り、中国映画って実は人気がないのかもしれない。
シネスイッチは、アップルストアを目印に曲がる。曲がったその通りにある。いつも忘れるから記録。
▶ 作品レビュー
事実をもとにしたストーリーとは思えないぐらい、凄まじい内容。そもそも、3歳の子供が誘拐されて売られて、別の子供として育てられるという理解しがたい事実に驚きを隠せない。
しかし、よくよく調べてみると、子供の失踪というのは意外と多く、日本では年間約5000人ほどが行方不明となっているという。実に多い数字と思ってしまうが、中国の場合では年間約20万人ともいわれていて、さらに、アメリカでは実に年間80万人近くの子供が姿を消しているそうだ。桁が違う…そしてあり得ない…
なんでそんなに誘拐されるのかというと、臓器売買や悪魔崇拝の犠牲になっているケースが多いという。それはアメリカに限った話。
中国で子供の誘拐が多発する大きな要因は、後継ぎや働き手を得るためだという。それはひとりっ子政策が大きく関わっているということが映画を見るとよく分かる。
この映画は2014年に制作されたものであって、2015年すでに中国共産党はひとりっ子政策を完全に廃止しているのではあるが─。
話はかなりズレてしまった。
誘拐された子供が戻ってきても、決してハッピーエンドではない。誘拐そのものに何のメリットも無く、あるとすれば犯罪者の利益だけ。その誘拐後の無意味な悲しみが丁寧に描かれて、強烈な無常感に襲われる。
際立っているのは、役者陣の演技ではなかろうか。子役の子から、誘拐する側・される側、どちらの親役も素晴らしい演技で、見ているこちらの心をえぐる。
半ば過剰演出のような印象も受けてしまうが、その内容の凄まじさと問題の重大さを提示されると、その過剰さが至極自然に見えてしまう。
ビッキー・チャオ、ホアン・ボー、ハオ・レイ、この3人の親役が特にすごい。子供を奪い合う場面などは、親の愛情を超越していて、綱引きされている子供が本当に可哀想になってくる。この悲劇は親の感情を中心に描かざるを得ない題材だとは思うけれど、一番の被害者は子供だということがよく分かる。
ビッキー・チャオは今年40歳かー、少林サッカーのイメージが強かったけれど、今回は完全に中年のおばちゃんだったなぁ。年相応の役どころとはいえ、そんなに年いっているとも思えないくらい若々しい。見事なおばちゃんを演じているけれども、やっぱまだ可愛く見えちゃいます。そのせいで同情とか特別な感情移入とかにはならなかったけれど─。
この映画では産みの親ジュアン(ハオ・レイ)がアウディを乗り回し高級マンションに住んでいるが、そこが話の中心になることはない。父親ティエン(ホアン・ボー)は事業で失敗し、雑居市場でネットカフェのような店を細々と経営している。話の中心となるのは、主にこの店。育ての母親リー(ビッキー・チャオ)は粗末な家に住みながら農業を営んでいる。三者三様、所得格差も目に見える。つまり、現代中国のあらゆる社会問題を詰め込むだけ詰め込んだ映画。決して娯楽に向いているとはいえない。実際に劇場も空いていたし─。
ひとりっ子政策が完全に撤廃されたいま、果たして中国での子供の誘拐は減っていくのだろうか。ならんだろうなー。むしろ子宝という意識が薄れていき、いまよりもっとひどい状況になりそうな気がする。誘拐大国のアメリカがそれを物語っている。
どうも内容よりも、中国が抱える問題について意識がいってしまう。所詮は他国の問題であり、日本に住む自分らが口を挟んだとしても、大きなお世話なだけだ。
それだけ問題意識を生み出す作品ともいえるのだが、興味を持って見る人も少ないんだろうし、まぁ見ればそれなりに真摯に色々考えるだろう。しかし、それがどこまで行動につながるのかは大いに疑問。見て大きな問題意識を抱えながら、いつの間にか忘れてしまうだけだろう。
最後のエピローグ的な映像はいらなかった気がする。無理やり啓発っぽく仕上げている感がするからだ。そんなことしなくても、見れば強烈に響くと思うんだけどなー、あくまで見ればの話だけど。
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