縁(えにし)The Bride of Izumo

縁(えにし)The Bride of Izumo (2015年・日本)
公開日:2016年1月16日
配給:OSMANDエンターテインメント、トリプルアップ
時間:110分

監督:堀内博志
脚本:堀内博志、川原田サキ、樋口隆則、佐藤智恵
出演:佐々木希、井坂俊哉、平岡祐太、りりィ、藤本敏史(FUJIWARA)、根岸季衣、いしだ壱成、佐野史郎、国広富之ほか
撮影:クリストファー・ドイル
音楽:金子隆博
主題歌:朝崎郁恵

鑑賞日:2016年1月20日
場所:シネ・リーブル池袋 シアター2 N-7席


■ ストーリー
神々の国そして神話のふるさと鳥取県出雲市。
縁結びの神、大国主大神(おおくにぬしのみこと)が祀られている出雲大社を舞台にしたヒューマンドラマ。
東京の出版社で働く真紀(佐々木希)は、結婚直前に育ての親である祖母を亡くす。遺品を整理する中で、白無垢に紛れて無数の婚姻届を発見する。夫の欄に「秋国宗一」という名前が常に書かれていた。真紀は祖母にそのような人がいることなど聞かされたことがない。祖母にとってその人は重要な人だと感じた真紀は、祖母の死を知らせようと、書かれていた住所を手がかりに、その人物を捜し出そうとする。
捜索が難航する中、出雲の人たちが真紀を手助けしてくれる。特に充(井坂俊哉)には車であらゆる場所へと連れて行ってもらう。
様々な縁(えにし)が掘り起こされていきながら、さらに縁が生まれて、そしてそれまであった縁が揺れ動いていく。
果たして真紀は、追い求めるものを見つけ出すことができるのか─

▶ 映画館環境
シネ・リーブル池袋はルミネの8階にあるために、アクセス的には非常に便利。スクリーン2は座席数130でスクリーンサイズが(ビスタ)5.2×2.8m/(シネスコ)5.2×2.1mと比較的小規模の劇場。座ったN-7は最後列の真ん中に位置する。スクリーンがかなり遠く感じてしまう。最前列だとかなりの見上げになってしまうので、中程の列がベストであろうか。劇場をざっと見た感じ、ベストな座席は見いだせなかった。
午後3時以降の上映。それほど混んではいなかったが、そこそこの客入り。

▶ 作品レビュー
小劇場の最後尾で見たことが少し悔やまれる。というのも、映像自体、なかなか美しいものだったからだ。大画面の中に包み込まれるような感覚を求めてしまう映像美であった。
ただ、光がやや足らなさすぎるのではと思ってしまった。それ故になおさら、見づらさを覚えてしまった。劇場の中の暗さも足りなかったかもしれない。誘導灯が非常に邪魔だったなぁー。この作品を見る際は、あまり遠すぎず、なるべく暗い場所を選ぶべきだろう。いきなり本題からズレてしまった─。

出雲の風景を基調としたヒューマンドラマ。
個人的には、神話とか神社とか全く興味を持てない分野なので、少々忍耐を要した。ヒューマンドラマに関しても、非常に淡々としているため、全編楽しめたわけでもない。出雲そのものが主体となっているため、敢えてストーリーをシンプルにしているところは感じる。それだけに、日本古代の神秘性というものに興味を持てない者にとって、それほど面白い作品ではないわけだ。
真紀(佐々木希)の揺れる心、充(井坂俊哉)の揺れる心、揺れ動く縁(えにし)がドラマの見どころであり、見ている者を最も惹きつける要素だと思うけれども、意外性は全くないので、斬新なものを求める観賞者にとって退屈極まりない。逆に、ストーリーはしっかりしているし、演技演出も自然に仕上がっているので、安心安全な作品を求める観賞者にとってしてみれば、ラストなどは号泣するところだろう。

日本らしい映画を作ろうとしていたのは確かで、その狙いは成功していると思う。
最も日本らしさを感じたのは、不思議と空・海・大地といった自然の映像。白無垢や出雲大社など、ザ日本というアイテム満載ではあるけれども、日本というものが形成されてずっと残っているのは大自然なのだと、改めて思い知らされた。日本海の波の形、山陰地方の山並み、等々、言い知れぬ郷愁すら感じてしまう。それらに対して、日本式建造物や大しめ縄、あるいは白無垢とか神楽などには、日本らしさを感じることができない。それは変化し続けているものであるからなのか、あるいは自分が日本人だからなのか─まぁ外国人にしてみれば、変化した白無垢も神楽も日本そのものにしか見えないとは思うが…。

こうして滔々とそれらしいきれい事を並べ立ててきているものの、正直、我ながらつまらん事を書いているなと思ってしまう。つまり、それほど面白い映画ではなかったわけだ。
面白さを感じなかったとはいえ、決してだめ出しするような映画でもなく、むしろ意義深い作品であると思う。
単純に、ストーリーがつまらない。分かりやすいストーリーを入れ込みたかったのならば、もっと面白くしてくれないと、全てが全てつまらない作品に見えてしまう。コンセプトすらチープに思える。
ストーリー的に納得できたのは、充が廃校の中で回想するシーンと、ラストの真紀の白無垢姿だけ。その2ヵ所は最も説明がなくて、一番分かりづらいところだったかもしれない。しかし、そこが強く印象に残っていることを考えると、下手に説明的なストーリーなどは必要なかったのかもしれない。
せっかく出雲というビジュアル的に力強い対象があったわけだから、縁(えにし)というコンセプトをもとに、ストーリーは二の次に映像重視で構成してもよかったのではと思ってしまう。まぁ、制作側の苦労を知らない第三者の戯言でしかないけれど─。





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