ブリッジ・オブ・スパイ

ブリッジ・オブ・スパイ(2015年・アメリカ)
原題:Bridge of Spies
公開日:(米)2015年10月16日 (日)2016年1月8日
配給:(米)ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ (日)20世紀フォックス
時間:142分

監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:マット・チャーマン、イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
出演:トム・ハンクス、マーク・ライランスほか
撮影:ヤヌス・カミンスキー
編集:マイケル・カーン
音楽:トーマス・ニューマン

鑑賞日:2016年1月8日
場所:ユナイテッド・シネマ豊洲 スクリーン10 E19席


■ ストーリー          
アメリカとソ連が冷戦状態にあった1950〜60年代。
保険の分野でキャリアを積み上げてきたジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)は、ソ連のスパイ、アドルフ・アベル(マーク・ライランス)の弁護を引き受けたことをきっかけに、世界の平和を左右する重大な任務を委ねられる。それは、自分が弁護したソ連のスパイと、U2撃墜事件でソ連に捕らえられたアメリカ人スパイの交換を成し遂げることだった。
ベルリンの壁が造られようとしているまさにその瞬間に、ドノヴァンはドイツに赴き、難しい交渉を強いられる。
実際に起こった史実をもとにした歴史・伝記ドラマ。
タイトル、ブリッジ・オブ・スパイのブリッジ=橋とは、スパイ交換が行われたグリーニッケ橋のことであり、現在でも存在し、観光名所となっている。
巨匠スティーブン・スピルバーグ監督がメガホンを取り、マット・チャーマンとコーエン兄弟が脚本を担当し、名優トム・ハンクスが主演を務める。

▶ 映画館環境 
ユナイテッド・シネマ豊洲スクリーン10は定員415人と広いキャパ。
スクリーンサイズは22.6m×9.7m(シネマスコープ)と極めて大。
座席は前方と後方の2ブロックに配置されていて、E列は2ブロック目の最前列。座ったE19席はちょうどスクリーンの真ん中付近。スクリーンの大きさに対して若干近すぎるかもしれないが、迫力は満点。前に手すりなどもなく、ゆったりと観賞。
金曜の夕方からの上映、公開初日、アカデミー賞最有力といわれている作品、意外にも観客は少なめ。頭を使う作品は敬遠されるものなのか…確かにかなりの集中力を持っての観賞であった。
007スペクターも同劇場同スクリーン同列(13番)での観賞だった。あの時はかなりの席が埋まっていた。プレミア先行上映とはいえ、やはり思考をあまり必要としない作品の方が興行的に成功するという悲しい現実か…。

▶ 作品レビュー 
冒頭の絵画的表現、光と影の力強さ、それだけでもうこの作品を楽しめると確信した。絵と構図がしっかりとしていれば、どんなにストーリーや展開が納得いかなくても、素晴らしい作品として捉えることができる。
いきなり話はわき道にそれてしまうが、あの“フォースの覚醒”、個人的に素晴らしい作品と見なすことができなかったのだが、それはストーリーのまずさもさることながら、絵や構図もそれほど決まっていなかったように思ってしまったからだ。
ブリッジ・オブ・スパイには揺るぎのない絵がある。絵画などを鑑賞する場合を思い出すと分かりやすいと思うが、その素晴らしさを感じるのは意味や背景などではなく、絵そのものであるはず。そうは言っても、それは古典的な絵画における鑑賞法であり、現代美術などしか楽しむことができないという強者などは、退屈な作品だと切り捨ててしまうかもしれない。
それでもなお、絵の素晴らしさを主張したい。絵だけを見ていると、不思議とスピルバーグ監督の過去の名作が蘇ってくる。未知との遭遇、ジュラシック・パーク、シンドラーのリスト、プライベート・ライアン、マイノリティ・リポートなど、人によって想起するものは違うかもしれないが、光りや影を眺めていると、アーティストたるスピルバーグの意志をそこに感じる。
そもそも歴史的な事実を扱っているわけだから、結末はすでに決まっているわけで、いわばストーリーよりもほかのもので勝負しなくてはならない。と同時に、確固たるストーリーが既にあるわけだから、絵作りに注力できるとも言える。だからこそ巨匠の腕前が存分に発揮できるのではなかろうか。
ひと目見ただけで冷戦時代に誘われ、極寒の東ドイツへと見ている我々を導いてくれる。そこには、リアリティーを超えた創造が確実に存在する。
トム・ハンクス以下、役者の演技は決して力むことがなく、淡々と推移する。あたかも、スピルバーグの力量に身を委ねているといった印象。役者側と制作側の信頼関係が強固でなければ、これほどまでにナチュラルな映像は作ることができないだろう。どちらの側が力んでもだめ。ハリウッド映画を見ていると、両者のバランスが絶妙であると感じてしまう。まさにプロフェッショナル同士が自らの仕事を淡々とこなしている、良くも悪くもそんな印象がする。
分かりやすいストーリーテリングであり、歴史背景などを理解できなくとも、多くの観賞者に伝わる内容ではあった。しかし、拘束されるアメリカ人パイロットの扱い方と東西冷戦下の東側の描き方が気に入らない。
マーク・ライランス演じるアベルは練達したソ連のスパイであり、重厚かつ丁寧に描かれている。故に、ある種の人間ドラマが生まれてくるのだが、一方でU2偵察機に乗ってスパイ活動を試みたところを撃墜されたアメリカ人パイロットの描かれ方というはあまりにも軽すぎる。故に、政治上の道具、あるいは映画の中での単なるピースに過ぎず、まるで命とモノとの交換が行われているように感じてしまった。
そしてまた、東側の枠内では全体主義こそがすべてであり、個人のことなど二の次だという、まさに西側目線だけによるソ連や東ドイツの描かれ方がなされており(実際そうだたのかもしれないけれど)、一方的な視点で描かれてしまうとリアリティーが損なわれてしまう。歴史的事実を扱っているだけに、そこは致命的な欠点のように思ってしまう。
そうはいっても、モノのように扱われていたアメリカ人パイロットが帰ってくると命あるものとして歓迎されて、命あるものとして必死に守られていたソ連のスパイが帰っていくと単なるピースとしてしか扱われなくなるという、非常に分かりやすい演出が繰り広げられて、それが映画を面白くしている要素であると理解できるところではあるけれども、すんなりと納得できるものではない。
全体として、“比較”というもの巧みに利用しながら展開していく。ストーリー自体も東と西という大きな対比で描かれているわけで、それを軸に、細かな演出においても二つの物事を比較しながら進んでいく。その比較が非常に分かりやすく、笑いなども誘うエンターテインメント的な要素を生み出している。個人的には、西側で飲むウイスキーと東側で飲むブランデーの演出がなかなか面白いと思った。
話自体、淡々と進んでいって、特別に劇的な展開もないので、涙や感動といったものとは縁遠い作品かもしれない。そもそも、感情的に振り切れる作品だからといって良いものとは言えないのではないか。終始冷静に凝視できた作品にこそ、適切な判断を示すことができるように思える。
この作品は決して泣かそうとか笑わせようとか、そういう意図では作られていないはずだ。目指すところは一つの世界の構築であり、それを見事になし得ている。それ故に、この作品を大いに評価したい。
最後に、音楽について付け加えておく。というのも、流れていた音楽が効果的だったというか、自分の好みで合っていたので、少しだけ言及しておきたい。
当初、音楽はジョン・ウイリアムズが担当するはずだったが、健康上の理由で、トーマス・ニューマンに変更されたという。確か、ジョン・ウイリアムズは「フォースの覚醒」において音楽を担当していたはずだ。あの音楽も決して好ましいとは言えなかった(あくまで個人的な見解であるけれども)。結果的に、トーマス・ニューマンで良かったように思ってしまう。
ニューマンという響きに耳覚えがあったので、よく調べてみると、ランディ・ニューマンの従弟だということが分かった。彼は、ロバート・レッドフォード主演の映画「ナチュラル」の音楽を担当している。個人的に、あの映画の内容も音楽も非常に思い入れがあるので、より一層この映画に好感を持ってしまったわけだ。この音楽に関しては、単なる個人的な戯言でしかないのだが─。
さて、このあとの興味としては、この映画が果たしてアカデミー賞を受賞するかどうかであるのだが、いかにもショーレースにふさわしい映画すぎて、作品賞なんか受賞したら逆に「つまらん」などと思ってしまうんだろうなぁと想像してしまう。面白い結果を夢想するに、作品賞が「怒りのデス・ロード」で監督賞がスピルバーグといったところか─。どちらも現実味に欠けるところではあるが…。
映画監督というものは死ぬまで衰えることはないのかも、と昨今の山田洋次やこのスピルバーグの作品を見て強く思うところである。






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