神なるオオカミ(2015年/中国・フランス合作)
原題:狼图腾 Wolf Totem
公開日:(中)2015年2月19日 (日)2016年1月12日
配給:(中)中国电影集团公司 (日)ツイン
時間:121分
監督:ジャン=ジャック・アノー
脚本:アラン・ゴダール、ジャン=ジャック・アノー、ルー・ウェイ、ジョン・コリー
出演:ウィリアム・フォン、ショーン・ドウ、バーサンジャブ、アンヒニヤミ・ラグチャアほか
撮影:ジャン=マリー・ドルージュ
音楽:ジェームズ・ホーナー
原作:神なるオオカミ
姜戎(ジャン・ロン)著
鑑賞日:2016年1月22日
場所:ヒューマントラストシネマ渋谷 シアター3 D−1席
原題:狼图腾 Wolf Totem
公開日:(中)2015年2月19日 (日)2016年1月12日
配給:(中)中国电影集团公司 (日)ツイン
時間:121分
監督:ジャン=ジャック・アノー
脚本:アラン・ゴダール、ジャン=ジャック・アノー、ルー・ウェイ、ジョン・コリー
出演:ウィリアム・フォン、ショーン・ドウ、バーサンジャブ、アンヒニヤミ・ラグチャアほか
撮影:ジャン=マリー・ドルージュ
音楽:ジェームズ・ホーナー
原作:神なるオオカミ
鑑賞日:2016年1月22日
場所:ヒューマントラストシネマ渋谷 シアター3 D−1席
■ ストーリー
文化大革命の時代の1967年、北京に住む若者チャン・ジェン(ウィリアム・フォン)が内モンゴルへと下放させられる。チャンは遊牧民と触れ合う内に、オオカミに強くひかれていき、いずれは子どものオオカミを手に入れて自らの手で育て上げたいと思うようになる。しかし、遊牧民とオオカミは、互いに一定の距離を保ち、そして互いに畏怖し合いながら生活していることを知り、チャンの願望は困難なものだと知る。
そんな中でも、偶然ではあったが、子どものオオカミを見つけ出し、遊牧民たちに隠れて自らの手でそれを育てることになった。
オオカミを害獣としか捉えない中央政府の役人は、それらとの共存など頭にあるわけもなく、オオカミと対立を生み出す行為ばかりを繰り広げる。オオカミの狩り場を奪い、そこで駿馬を育て上げようと多くの馬を放ち、それを遊牧民たちに管理させたのだった。
ある夜、嵐がその地を襲う。それを待っていたかのようにオオカミが、馬と遊牧民に牙をむく。馬はほぼ全滅し、遊牧民からも犠牲者が出てしまう。
馬を全滅させた遊牧民たちに、政府から責任を問う声があがった。幸いにもお咎めなしという結果に落ち着こうとして折りに、チャンが隠し育て続けていたオオカミが見つかってしまう。猛反発を受けるチャンであったが、オオカミの生態研究を主張することで、政府役人から飼育の許しが出る。だが、オオカミのせいで犠牲者を出した遊牧民たちの反応は冷たいものだった。
どうにか公然とオオカミを育てられるようになったチャンだったが、オオカミに家畜などを襲われ続ける遊牧民たちの怒りは激しかった。それでも粘り強く育て続けていたのだが、そのオオカミもついに遊牧民に牙をむく。それは事故のようなものだったが、チェンはオオカミと人間との共存は難しいという現実を思い知らされる。
ついに、オオカミ掃討作戦が始まった。オオカミの知識を蓄え続けていたチェンも、参加するように命じられる。チェンとオオカミ、その運命はいかに─
そんな中でも、偶然ではあったが、子どものオオカミを見つけ出し、遊牧民たちに隠れて自らの手でそれを育てることになった。
オオカミを害獣としか捉えない中央政府の役人は、それらとの共存など頭にあるわけもなく、オオカミと対立を生み出す行為ばかりを繰り広げる。オオカミの狩り場を奪い、そこで駿馬を育て上げようと多くの馬を放ち、それを遊牧民たちに管理させたのだった。
ある夜、嵐がその地を襲う。それを待っていたかのようにオオカミが、馬と遊牧民に牙をむく。馬はほぼ全滅し、遊牧民からも犠牲者が出てしまう。
馬を全滅させた遊牧民たちに、政府から責任を問う声があがった。幸いにもお咎めなしという結果に落ち着こうとして折りに、チャンが隠し育て続けていたオオカミが見つかってしまう。猛反発を受けるチャンであったが、オオカミの生態研究を主張することで、政府役人から飼育の許しが出る。だが、オオカミのせいで犠牲者を出した遊牧民たちの反応は冷たいものだった。
どうにか公然とオオカミを育てられるようになったチャンだったが、オオカミに家畜などを襲われ続ける遊牧民たちの怒りは激しかった。それでも粘り強く育て続けていたのだが、そのオオカミもついに遊牧民に牙をむく。それは事故のようなものだったが、チェンはオオカミと人間との共存は難しいという現実を思い知らされる。
ついに、オオカミ掃討作戦が始まった。オオカミの知識を蓄え続けていたチェンも、参加するように命じられる。チェンとオオカミ、その運命はいかに─
▶ 映画館環境
ヒューマントラストシネマ渋谷シアター3は座席数60と小さな劇場。スクリーンサイズも(ビスタサイズ)2.9×1.6m /(シネスコサイズ)3.7×1.6mと大きくない。座席は縦長に配置されているため、最後列だとやや迫力にかけるかもしれない。
今回ゲットした座席D−1は前から4列目の左端。段段がD列から始まっているので、D列以降を選択するべき。前の3列はかなりの見上げ。試しに最前列に座ってみたら、首がやばかった。ぱっと見はGの7、8が良さそうに思うが、ちょっと遠すぎで端過ぎるかも。
平日の昼間の上映にもなかなかの入り。E列は埋まっていて、Fも結構座っていた。その2列が真ん中でベストポジションとの触れ込みが多い。
スクリーンの質もあまりよくなかった印象で、できることならここのシアター3は選択したくはない。
今回ゲットした座席D−1は前から4列目の左端。段段がD列から始まっているので、D列以降を選択するべき。前の3列はかなりの見上げ。試しに最前列に座ってみたら、首がやばかった。ぱっと見はGの7、8が良さそうに思うが、ちょっと遠すぎで端過ぎるかも。
平日の昼間の上映にもなかなかの入り。E列は埋まっていて、Fも結構座っていた。その2列が真ん中でベストポジションとの触れ込みが多い。
スクリーンの質もあまりよくなかった印象で、できることならここのシアター3は選択したくはない。
▶ 作品レビュー
「未体験ゾーンの映画たち2016」という企画で上映中の映画。マイナー作品を怒濤のごとく上映しているこの企画はなんぞや?
とはいえ、今の時代、環境的に満足のいかない映画館で見ることに、果たして意味はあるのだろうかと思ってしまうのだが、レンタルとかセルなどにもならないかもしれないとの思いで足を運んで良ければラッキー!と思ったりするのだが、良ければ再上映・レンタル・セルの確率は上がるもんだよなーと思ったりするわけで…
さて─
監督はジャン=ジャック・アノー、フランス出身の監督で、代表作は「薔薇の名前」「子熊物語」「愛人ラマン」「セブン・イヤーズ・イン・チベット」などがある。なかなかのネームバリュー。製作にも脚本にも監督の名前がしっかりあるので、酷すぎることはないと思った。結果、予想通り、そう予想通り…
決して悪くはなかった。むしろいい方。でも好きな映画とは言い切れないので、とりあえずダメだなと思ったことをはき出してしまおう。
とにかく人間の描かれ方がひどい。敢えてなのかどうか理解しかねるが、出てくる人全員エゴの塊でしかないのだ。人間というものはそんなもんだろうけど、それでも全てが全て嫌いになることはないと思う。現実世界がそうだから─。でも、この映画の中の人全員嫌いだわー、と本当に思ってしまった。とくに主役のチャン(ウィリアム・フォン)には怒りすら覚えた。
ここまで人間を卑下して描いているのは、やはりオオカミを神々しく見せたいがためだろう。肯定的に捉えれば、その描写は大成功だ。
そして、オオカミはどこまでもカッコイイ。堂々と峻嶮な岩山に立つ姿、美しくどこまでも響き渡る遠吠え、大草原を俊敏に駆け抜ける姿、どんなに傷を負っても獲物を追いかける姿、最後の最後まで何ものにも屈しようとしない威厳、すべて素晴らしく表現されている。オオカミこそを描きたかったのだと納得。これらオオカミの表現を見るだけでも価値ある映画だと思う。
あまりにも見事で、オオカミに感情移入してしまい、映画の中の人間が憎くて仕方がない気持ちになった。全員喰われてしまえと思ったほどだ。
オオカミに涙した。あまりにも悲しすぎる。
中途半端な人間のオオカミへの愛情みたいな表現がむしろ嫌悪感を覚える。徹底的に人間を悪として描ききってくれたのならば、文句なしにこの作品を評価するところだが、救われないオオカミを放置しておいて、クズみたいな人間どもを救済しようとしている描き方が、どうしても納得がいかない。
チャンはいったいオオカミを育て上げて何をしたかったのだろう。ペットにでもしたかったのだろうか? ペットにしようとして、失敗し、単に逃げられたに過ぎないのではないか。それを強引にまで育まれた愛情のようなものを作り出そうとしている意図を、どうしても感じてしまう。まぁ原作ありきの映画だから、原作者の手前、そこまで主人公を悪く描くこともできなかったのかもしれない。これが最大限の人間批判だったのだろうか。
根底に潜むコンセプトはよく表現されている作品ではあったが、どうも好きになれない映画である。
「未体験ゾーンの映画たち2016」という企画で上映中の映画。マイナー作品を怒濤のごとく上映しているこの企画はなんぞや?
【未体験ゾーンの映画たち】は、様々な理由で日本での劇場公開が見送られてしまう傑作・怪作の数々を「スクリーンで鑑賞して欲しい!」という、ただそれだけの願いから、ヒューマントラストシネマ渋谷が、2012年より毎年開催している劇場発信型の映画祭!ということは、ここで見なければ劇場で見る確率はかなり減ってしまうということを物語っている。興味がある作品、無理をしてでも見なければと思う。
大好評につき年々規模が拡大し、記念すべき第5回目となる2016年は、各国のあらゆるジャンルから厳選した50本が大集結!
とはいえ、今の時代、環境的に満足のいかない映画館で見ることに、果たして意味はあるのだろうかと思ってしまうのだが、レンタルとかセルなどにもならないかもしれないとの思いで足を運んで良ければラッキー!と思ったりするのだが、良ければ再上映・レンタル・セルの確率は上がるもんだよなーと思ったりするわけで…
さて─
監督はジャン=ジャック・アノー、フランス出身の監督で、代表作は「薔薇の名前」「子熊物語」「愛人ラマン」「セブン・イヤーズ・イン・チベット」などがある。なかなかのネームバリュー。製作にも脚本にも監督の名前がしっかりあるので、酷すぎることはないと思った。結果、予想通り、そう予想通り…
決して悪くはなかった。むしろいい方。でも好きな映画とは言い切れないので、とりあえずダメだなと思ったことをはき出してしまおう。
とにかく人間の描かれ方がひどい。敢えてなのかどうか理解しかねるが、出てくる人全員エゴの塊でしかないのだ。人間というものはそんなもんだろうけど、それでも全てが全て嫌いになることはないと思う。現実世界がそうだから─。でも、この映画の中の人全員嫌いだわー、と本当に思ってしまった。とくに主役のチャン(ウィリアム・フォン)には怒りすら覚えた。
ここまで人間を卑下して描いているのは、やはりオオカミを神々しく見せたいがためだろう。肯定的に捉えれば、その描写は大成功だ。
そして、オオカミはどこまでもカッコイイ。堂々と峻嶮な岩山に立つ姿、美しくどこまでも響き渡る遠吠え、大草原を俊敏に駆け抜ける姿、どんなに傷を負っても獲物を追いかける姿、最後の最後まで何ものにも屈しようとしない威厳、すべて素晴らしく表現されている。オオカミこそを描きたかったのだと納得。これらオオカミの表現を見るだけでも価値ある映画だと思う。
あまりにも見事で、オオカミに感情移入してしまい、映画の中の人間が憎くて仕方がない気持ちになった。全員喰われてしまえと思ったほどだ。
オオカミに涙した。あまりにも悲しすぎる。
中途半端な人間のオオカミへの愛情みたいな表現がむしろ嫌悪感を覚える。徹底的に人間を悪として描ききってくれたのならば、文句なしにこの作品を評価するところだが、救われないオオカミを放置しておいて、クズみたいな人間どもを救済しようとしている描き方が、どうしても納得がいかない。
チャンはいったいオオカミを育て上げて何をしたかったのだろう。ペットにでもしたかったのだろうか? ペットにしようとして、失敗し、単に逃げられたに過ぎないのではないか。それを強引にまで育まれた愛情のようなものを作り出そうとしている意図を、どうしても感じてしまう。まぁ原作ありきの映画だから、原作者の手前、そこまで主人公を悪く描くこともできなかったのかもしれない。これが最大限の人間批判だったのだろうか。
根底に潜むコンセプトはよく表現されている作品ではあったが、どうも好きになれない映画である。
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