父を探して

父を探して(2013年・ブラジル)
原題:O Menino e o Mundo
公開日:(ブラジル)2014年2月17日 (日)2016年3月19日
制作:Filme de Papel
配給:Elo Company (日)ニューディアー
時間:80分

監督:アレ・アブレウ
脚本:アレ・アブレウ
音楽:ナナ・バスコンセロスほか

鑑賞日:2016年3月18日
場所:TOHOシネマズ日本橋 スクリーン7(TCX) F19


■ 作品について(プレスシートより)
 本作『父を探して』(英題「The Boy and the World」)は、ブラジル・インディペンデント・アニメーション界の新鋭アレ・アブレウ監督による長編アニメーションです。出稼ぎに出た父親を探しに、少年が広大な世界を旅するこの作品は、2014年のアヌシー国際アニメーション映画祭でクリスタル(最高賞)と観客賞を同時受賞という快挙を達成。これまでに44の映画賞を獲得しています。
 今年2月のアカデミー賞長編アニメーション部門でも、スタジオジブリ『思い出のマーニー』やピクサーの『インサイド・ヘッド』、アードマン『ひつじのショーン』ら有名スタジオ制作の作品に混じって、南米勢としては初めて最終候補にノミネートされました。

 クレヨン・色鉛筆・切り絵・油絵具などを自在に使い分けた筆づかいは、まるで絵本に魔法がかけられたかのようで、自然な質感と滑らかなアクションが見るものを驚嘆させます。また、高畑勲監督と宮崎駿監督にも影響を受けたと語るアブレウ監督は、多彩な動きや色で子どもを魅了するだけでなく、社会・政治・環境・経済といった大人の問題をテーマに掲げました。
 70年代〜80年代にかけて長い独裁政権を経験し、近年では経済成長が著しいものの、様々な矛盾が噴出するブラジル。本作はそのブラジルの歴史でもあり、現在の世界の縮図でもあります。さらに、それらすべてが比類のない芸術性と観察眼によって、一切のセリフもテロップも必要とせずに描かれている点で、言語の壁を超えた表現として世界的に高い評価を受けています。

■ ストーリー
 親子三人で幸せな生活を送っていた少年とその両親。しかし、父親は出稼ぎにでるため、ある日突然、列車に乗ってどこかに旅立ってしまった。少年は決意する。「お父さんを見つけて、家に連れて帰るのだ」と。未知の世界へと旅立つ少年を待ち受けるのは、過酷な労働が強いられる農村や、きらびやかだが虚飾に満ちた暮らしがはびこり、独裁政権が戦争を画策する国際都市。
 それでも、少年は旅先で出会う様々な人々との交流と、かつて父親がフルートで奏でた楽しいメロディの記憶を頼りに、前へ前へと進んで行く─。
<日本語公式ホームページより>


▶ 映画館環境
TOHOシネマズ日本橋スクリーン7は座席数406、スクリーンサイズ18.7×7.9mTCXと大きな劇場。A列からE列までが前方ブロック、F列からO列が後方ブロック、H列とI列がプレミアシートという構成。ブロックごとの手すりも柵もないので、後方ブロック最前列となるF列が最高の席と考える。選んだF19はスクリーンを前にやや右よりの席。
東京アニメアワードフェスティバル2016(TAAF2016)のオープニングとして上映。ほんの10分ほど上映時間が遅れる。上映後、ほんの少しだけ画面に無駄なカットと無駄な音、そしてそこから行われるというオープニングセレモニーのために、ほんのちょっとだけそのまま座ってくださいと待たされる。なんだか頭に来てそんな作品以外の戯れ言に付き合いきれず退席…、我ながら大人げなかったと反省、せめてセレモニーぐらい参加すれば良かったものだが、同時にこの企画自体悪くないであろうTAAFなるものの行く末を憂うばかりである。
それほどの観客数ではなかった。半数の席が埋まっていただろうか。こういった大画面での上映もこのオープニング上映を最後に予定されておらず、以降ミニシアター系の上映が中心となる。ミニシアターが悪いわけではないけれども、これこそ大画面で見たい作品と思ってしまうわけで、そういった意味で以降の劇場展開が少しだけ残念で、非常にもったいない。


▶ 作品レビュー
点から線へ、そしてそれが面となり、いつの間にか一つの空間を形づくっていく。色彩豊かに時空を自在に変えていく幻想的な映像美にまずは引き込まれていく。
ブラジルの作品だからというレッテルを貼るわけではないが、その色彩はサンバとかボサノバといった音楽に等しく色彩豊か。表面上は煌びやかながら、内容は少し暗いといったところもブラジルそのものといったところか─。リコーダーによる印象的なメロディーも哀愁を引き立てる。
3人家族が分散する内容で、私見では父親と母親の離婚がきっかけで物語が始まったのかと思っていたが、ホームページのプロットを確認すると、父親がいなくなったきっかけは出稼ぎだったということを知る。セリフによる説明といったものが皆無であるため、一見しただけでは詳細な内容を熟知することは難しいかもしれないけれども、細かなところを気にすることなく全体を非常によく掴めたので、セリフを排除した意図も何となく分かった。セリフなしという売りにもなるし─。
ブラジルらしい作品と感じた最大の要因は、やはりその内容。描かれているその街並みが、テレビでよく知るブラジルそのものであり、展開も軍政や貧困といった問題や歴史を絡めていることから、作家が自国のことを表現している作品だと感じ取れる。2016年はまさにリオ五輪の年ではあるけれど、過去から現代そして未来に至るまで消えることがないように思ってしまう社会不安を強く感じてしまう。あの陽気なサンバのリズムは、暗い中から生まれ出ているのだという意識を持つと、その響きもまた違って聞こえてくる。
色彩も時空も、アニメーションの特性を存分に生かしているというべきなのか、かなり自由に展開する。過去と現在が並走していたり、煌びやかなスラム街、美しく空虚な一軒家とか一本木など、美しくもどことなく寂しい世界に感傷的になる。
何よりも驚いてしまうのが、この色とりどりの質感が異なる絵をアレ・アブレウなる人物がほぼ一人で描き上げているという事実。あらゆることろでスタッフクレジットを探ってみるも、プロデューサーや音楽製作に監督以外の名前が数多くみられるものの、あとは広報とアシスタントの名前がそれぞれ一人ずつ登場するのみ。編集もアブレウ名義であり、まさにインデペンデント映画であり、ほぼ一人で80分の長編アニメーションを制作してしまったということだ。ただ長いだけでなく、あの絵で80分は凄すぎる。その昔、ユーリ・ノルシュテインが十数分のアニメーションを制作するのに数年、あるいは十数年かけていたという苦労話を思い出して、なおさらにこの作品に秘められた制作力というものを感じてしまう。
一人でこんな上質の長編アニメを作ってしまうという事実が、まさにデジタル時代というものを象徴しているように思う。量も質もあのノルシュテインに迫る勢いで、とかく量に関していうならばそれを完全に凌いでしまっている。さすがに質に関していうと、あの重厚な油絵に比べるとかなりの薄い絵の質という印象は否めないものの、それを補うほどのアニメーション的な展開と豊富なバリエーションがこの作品にはある。手で描きつつもテクノロジーの力を存分に生かしているということがよく理解できるわけで、そういった意味で、個人でここまで作り上げられるというさらなるアニメーションの可能性を感じる。確かに、ここまで仕上げるまでには鍛練と実力と努力と根気等々、あらゆる能力を必要とされることとは思うけれども、いま目の前で展開されている至極の作品という事実があるわけだから、苦労でため息をついているノルシュテインを追い続けているアーティストに、大いに希望を与えているだろうし、新たな未来のインデペンデントを数多く生み出すことは必至だ。(現に個人で上質のアニメーションを作っているアーティストも数多く出ているわけで、その結果がこの長編作品に繋がっているのだともいえる。)
日本ではこういったアニメーションはなかなか出回らないし、評価にも繋がっていないように思う。ジブリを筆頭に、ドラえもんやポケモン、最近では妖怪ウォッチといったアニメーションがヒットして、どうしてもその売れ筋を基準にするわけで、大人から子供まで楽しめる分かりやすいアニメーションが数多く生まれている。コアなアニメとされるものもあくまで暴力的であったり過激な性描写といったところで区分けされているだけで、中身はジブリやドラえもんといったものと何ら変わりはない。アニメと絵、動画と絵画は全く違ったものという分け方をされてしまっている。
この作品のように、絵描きがアニメーションを作ったような印象の作品を日本で求めることは無理だと断言できる、残念ながら…。可能性として、マンガ家が個人で漫画ではなくオリジナルアニメを作るといったことぐらいしか感じない。インターネット漫画とかで動きなど見られることからその可能性は大いにあると思う。ただ、漫画には色彩というものが結構欠けていたりするわけで、それを思うとなかなか上質な長編作品とはいかないかもしれない。まぁ現代においても上質のモノクロ映画は存在しているけれど─。
思いは随分横道にそれてしまったけれど、このアヌシー最高賞と観客賞ダブル受賞という驚愕の作品を目にして、色々と考えさせられるところがあったということだ。日本のアニメーション文化は決して否定するものではないけれど、世界の評価はどういったところにあるのかということを踏まえてのお国自慢をしてほしいものである。


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