ザ・デクライン

ザ・デクライン(1980年・アメリカ)
原題:The Decline of Western Civilization
公開日:(米)1981年6月1日 (日)2016年3月19日
制作:Spheeris Films Inc.
配給:(日)ビーズインターナショナル
時間:100分

監督:ペネロープ・スフィーリス
製作:ジェフ・プリティマン、ペネロープ・スフィーリス
出演:ほか
撮影:スティーブ・コナント
編集:チャーリー・ミューラン

鑑賞日:2016年3月19日
場所:シネマカリテ スクリーン1 C−15


■ ストーリー
パンクロックの魅力とそれに撮り憑かれた衝動を語る少年パンクスのユージン。棲みついたアジトの教会を紹介するBLACKFLAG。GERMSのダービー・クラッシュは「ビールをくれ」とステージでのたうちまわり、アパートで朝食の目玉焼きを作る。スラッシュ・マガジンの発行者ロバート・ビッグスは「パンクは最後に遺された革命」と発言、FEARのリー・ヴィングは客を殴り「レコード会社の人間は死ね」と叫ぶ。
世界中に影響を与え続ける、ロック・ドキュメンタリー映画の最高峰『ザ・デクライン』。ロンドン、ニューヨークで先行していたパンクロックの波が70年代末、カリフォルニアに到達、以後全米の地下世界に爆発的に吹き荒れたアメリカン・ハードコア/パンクのムーブメントの発火点となったロサンゼルスの、その瞬間を切り取った衝撃の記録。監督のペネロープ・スフィーリスはポルノ映画の制作を打診されるもそれを却下、逆に何かが弾けようとしていた異様な現場を活写した。アメリカン・ハードコアの巨人BLACKFLAGが怪物と化す前の様子、破滅と退廃の象徴GERMSのダービー・クラッシュが自殺を図る直前(1980年12月7日、自殺)の姿。若者たちはメインストリームに中指を立て、警察を憎み、趣くままの服装とヘアスタイルで、異質・異端であることを恐れず、マイノリティであることを自覚しながら、おさまりきらない孤独とストレスとアグレッションをライヴで発散させ、ロックスターはくだらないと蔑視する。本作はそんなLAの地下世界のカオスをX、GERMS、BLACKFLAG、CIRCLE JERKS、ALICE BAG BAND、CATHOLIC DISCIPLINE、FEARなどのLAパンクの猛者ともいえるバンドたちの暴力と堕落と怒り渦巻くライヴとともに映像におさめた唯一無二のドキュメンタリー映画である。
16mm撮影、制作費12万ドル。1981年3月13日、座席数1,200のハリウッド・ブルバード・シアターのプレミア上映では、キャパシティを超える3,500の観客が殺到、ロサンゼルス市警察は300人の機動隊を派遣した。客を捌ききれず暴動回避のため、深夜2時に急遽追加上映が組まれ、2回ともソールドアウト。警察長ダリル・ゲイツは監督に上映しないよう嘆願書を送付、以後上映できる劇場は現れず、一切のディストリビューションにのることはなかった。
【劇中音楽】
◆ FEAR(THE FLEETWOODとTHE ARENAでのライヴ)
“I Don’t Care About You”“Beef Bologna”“I Love Livin’in the City”“Let’s Have a War”
◆ ALICE BAG BAND (THE FLEETWOODでのライヴ)
“Prowlers in the Night”“Gluttony”
◆ CIRCLE JERKS (THE FLEETWOODでのライヴ)
“Red Tape”“Back Against the Wall”“I Just Want Some Skank”“Beverly Hills” and “Wasted”
◆ X (CLUB 88でのライヴ)
“Nausea”“Unheard Music”“Beyond and Back”“Johnny Hit and Run Paulene”“We’re Desperate”
◆ CATHOLIC DISCIPLINE (HONG KONG CAFÉでのライヴ)
“Underground Babylon”“Barbee Doll Lust”
◆ GERMS (CHERRYWOOD STUDIOSでのライヴ)
“Manimal”“Shutdown”
◆ BLACK FLAG (CHERRYWOOD STUDIOSでのライヴ)
“White Minority”“Depression”“Revenge
【評価】
★2014.8.21付BUZZ FEED ENTERTAINMENT 「最も観るのが難しい、レア映画TOP26」-第1位
★2014.8.15付Rolling Stone「史上最高のロックドキュメンタリーTOP40」-第5位
★英国TIME OUT LONDON「映画史上最も偉大な音楽映画ベスト50」-第15位
★2015.7.23付 PASTEMAGAZINE「史上最高のパンクロック・ドキュメンタリーベスト10」-第1位
★2011.1.12付 HOUSTONPRESS.COM「史上最高の音楽ドキュメンタリーベスト31」選出
★2015.7.7付 gearpatrol.com「音楽ドキュメンタリーベスト20」選出
★2015.10.16付 VULTURE「史上最高の音楽ドキュメンタリーベスト50」-第21位
<ザ・デクライン日本語公式HPより>

▶ 映画館環境
シネマカリテのスクリーン1は座席数97のミニシアター。
最前列かC-15またはE-16が私的ベストシート。今回はC-15。結局はこの席の選択率が高いかもしれない。
客数非常に多し、客層非常に雑多、若者中年高齢者、音楽が好きなのかドキュメンタリーが好きなのか、あるいは暇なのか─。


▶ 作品レビュー
これを音楽ドキュメンタリーと捉えると至極退屈だ。なぜならば、登場してくるバンドは(伝説的とか知る人ぞ知るとか言われているものの)名があるわけでもなく、しかもその演奏のほとんどが酷く杜撰で聴くに堪えない。しかし、それらは決して退屈なわけではなくむしろ見ていて笑ってしまう。そして、たびたび生み出される緊張感に釘付けとなり、圧倒されてしまう。音楽を映し出しているのではなく、あくまで熱狂する若者を捉えているドキュメンタリー映画であり、1980年初期の音楽熱が非常に良く伝わってくる。
それにしても、前半に登場してくるバンドの演奏はとにかく酷い。しかしそれが痛快であり、その私生活までをも盛り込むことによって爆笑・悪寒・嫌悪・剛胆等々、様々な思いが去来する。無鉄砲に、生活も顧みず音楽に打ち込む彼らを見ていると、愚かしいと思うよりもむしろ、音楽に対する純粋な気持ちというものを感じてしまう。しかしながら、音楽をただストレスの発散として見なしていることが音楽的発展を阻んでいるようにも思える。内にある情熱やメッセージは徐々に高まり洗練されていったとしても、それを伝える術の進歩が見られず、むしろ時として退化すら見られる。それゆえ、音楽の中にある意図や思想などを正確に伝えることができず、ストレス発散という面だけが周りに伝わって、ライブハウス内はただ単に混沌とするだけで、それが暴力をも生み出す始末─。
演奏に熱狂する者の思いとその音楽を求め集う者の思いをあぶり出しているこのドキュメンタリーは、単にライブシーンや演奏者のインタビューを収めているだけではく、その生活する場にも切り込んでいる。当時のアメリカの若者がみな私生活を包み隠さず晒すものかどうか分からないけれど、恥部とも見えるその内側を撮影するまでに、どれほどの労力を要したのか想像すらできない。しかも、彼らが発せられる言葉は非常に率直なものであり、その演奏と照らし合わすことで音楽に対する気持ちが非常によく分かる。雑に見えたり酷く聞こえる演奏も、何か意味をもって画面から伝わってくる。
さらに取材の対象を観客にまで向けて深く切り込んでいる点が注目に値する。音楽に熱狂するのは演奏する者ばかりではなく聴く側においても同じことであり、むしろそちらの方が多数派であるわけだから、そのオーディエンスの思いを真摯に受け止めなければ真の音楽における熱狂を捉えることができないはずだ。さすがにその私生活にまで入り込んでいるわけではないが、拾い上げたオーディエンスのインタビューを丁寧に綴っていくことでその思いの総体といったものをつくり出し、それをライブ会場で熱狂しているオーディエンスの映像と重ねることによって、暴走するかのような彼らの行動にも何かしらの意味を与えている。
作品が後半に進むに従い、演奏の質が上がっているように見えた。インタビューなどで確認する限り、音楽に対する思いも音楽を発展させようという意識も前半のものとは違う。しかし、会場の雰囲気は変わることがない。飛び交う罵声、飛び交う怒号、そして観客同士の殴り合い、ステージ上への乱入、演者と観客との殴り合い…、やはり根強く残るストレス発散という思いのぶつかり合いがそうさせるのか─、果たしてその熱狂はストレス発散という事だけに起因しているのだろうか─。恐らくそうではないだろう。そこには音楽に対するピュアな感情が絡んでいるように感じる。純粋に音楽をたのしみたい、ただその一心に彼らはそこに集っているだけなのだ。そしてそれは誰かのためではなく、自分のため、自分だけが音楽をたのしむために、そこに集まる。個と個が集い、それぞれの強い思いがぶつかり合うことで、予想を超えたエネルギーを生み出している。ある人はこの状況を見て破壊と捉え、またある人は新時代の到来と捉えたのかもしれない。確かにその場にある意識の集合体は、史上初めての出来事かのように映ったことであろうし、即ちそれがニューウェーブとして時代に刻まれたわけだ。
時代を越えた今、その役割は何であったのか個人的に考えてみたとき、それは商業主義しか生まなかったのではなかろうかという結論に至る。ヒット曲を生み出し、大金を手に入れるというニューアメリカンドリームというべきものを生み出したに過ぎない。
この作品の終盤においてもそれを予感させる記録が映し出されている。「俺たちはヒット曲を飛ばし、そして大金を手にした」と粋がるバンドに対してこれまでにないブーイングと唾の嵐が飛び交う。そこにあるのは情熱のぶつかり合いなどではなく、憎悪のぶつかり合い、すなわち単なる喧嘩にしか見えない。確かに演奏と楽曲はこれまで流れてきた中で最も質が良いように感じた。しかし、映し出されているのは称賛とか喝采とかといったものとは無縁の、まさに劇の終幕を表現していると同時にこのニューウェーブという熱狂の終焉をも暗示しているかのようだった。
何かの本に書いてあった言葉を思い出す─ロックとはその生誕の瞬間に終わっていた─という言葉を。何かが生まれているかのように見えたその現象は、同時に、すでに終わりをも示していたわけだ。表裏一体の出来事を見事に収めているこのドキュメンタリーは、まさに歴史の瞬間を捉えた貴重な記録と言える。映像美などとは無縁のこの作品が高く評価されるのは、その優れた描写にあると思う。そしてまた、この映画から「ザ・メタルイヤーズ」、「ザ・デクラインⅢ」へと続く意味合いも何となく理解できるし、否応なくそれらもぜひ見たいと思ってしまうのである。



0 件のコメント:

コメントを投稿